橿原市の史跡を巡る【石川池(剣池)】で古代からの美しい景観を楽しむ~石川池周辺を歩くその5-1

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マップを見ながら古代の史跡をめぐるのが好きなみくるです。

今回は橿原市観光協会さんの観光パンフレット「橿原まちあるきまっぷ~石川池周辺を歩く」に掲載されている「石川池(剣池)」をご紹介します。

橿原まちあるきまっぷ~石川池周辺を歩く

橿原市の史跡を巡る【石川池周辺を歩く】橿原神宮前駅~石川池(孝元天皇陵)

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古代は「剣池」と呼ばれていた「石川池」

石川池は橿原市石川町の「孝元天皇陵(剣池嶋上陵)」に隣接する池です。孝元天皇陵は石川池に半島のように突き出ています。

孝元天皇陵と剣池

厳密には、古代からの池の名が「剣池」で、後世にため池として拡張された池の名が「石川池」です。

『日本書紀』に見らえる「剣池」の記述

日本書紀』の応神天皇11年(280年)の条に、「剣池・軽池・鹿垣池・厩坂池を作る」とあります。

剣池の説明板

剣池は『日本書紀』にもう一度登場します。

皇極天皇3年(644年)の条の「剣池の蓮に一本の茎に花が咲いていた。蝦夷は蘇我氏が栄える兆しだと考えて、金の墨で書いて、法興寺の仏に献上した」と記述があります。

この逸話は「古宮遺跡」の記事でもご紹介しましたが、蘇我馬子の「石川の家」はこの辺りにあったのではないかと考えられています。
【飛鳥時代の始まりの地】明日香村豊浦【古宮遺跡(古宮土壇)】

「剣池」を詠んだ万葉歌

剣池は『万葉集』にも詠まれており、畔に万葉歌碑が建っています。

剣池の万葉歌碑

軽の池の 浦廻行き廻る 鴨すらに
玉藻のうへに 独り寝なくに

巻3-390 紀皇女

紀皇女の万葉歌については、こちらの記事で詳しくご紹介しています。
万葉の人の心、千年を超えて【橿原の万葉歌碑巡り】石川池の紀皇女の歌碑と弓削皇子の相聞歌

剣池を詠んだ万葉歌をもう1首。
こちらは剣池の説明板に書かれている長歌です。

みはかしを 剣の池の 蓮葉に 溜まれる水の ゆくへなみ 我がする時に 逢ふべしと 逢ひたる君を な寝そと 母聞こせども 我が心 清隅の池の 池の底 我れは忘れじ 直に逢ふまでに
巻3-3289 作者不詳

(現代語訳)
剣の池の蓮の葉にたまった水がどこにゆくのか分からないように、私もどうなるか分からないでいるときに、「逢うべきですよ」と告げられたので逢ったあなた。そのあなたと「寝てはいけないよ」と母が言うけれど、私の心は清隅の池の底にじっとしているように、あなたのことは忘れません。じかにあなたに逢うまでは。

※「みはかしを」は「剣」を導く枕詞です。

このように剣池は『日本書紀』や『万葉集』にその名が見られる古代に築かれたため池です。

大河川がなく、降雨量も少ない奈良盆地では、水不足を補うため、大小さまざまなため池が築かれて来ました。
『古事記』や『日本書紀』には、奈良盆地での池の築造記事が約30か所もあり、橿原神宮の「深田池」は、『日本書紀』に見られる「畝傍池」と考えられています。

奈良県景観資産に選定される剣池からの遠望

剣池からの眺望は「孝元天皇陵と一体となった剣池からの遠望」として「奈良県景観資産」に選定されています。

奈良県景観資産に選定される剣池からの遠望
剣池の奈良県景観資産の説明板

池越しに孝元天皇陵や多武峰に連なる山々の美しい風景が眺められます。

孝元天皇陵と一体となった剣池からの遠望

桜の季節の剣池

剣池の畔には桜が植樹されていて、美しいアーチを作っています。
お花見にもおすすめの場所です。

桜の季節の剣池1

それほど混雑しないので、ため池と古墳と遠くに連なる山々といった奈良県らしい景観とともに、ゆっくりと桜を楽しめます。

桜の季節の剣池2
桜の季節の剣池3

石川池(剣池)へのアクセス

奈良県橿原市石川町

駐車場はありません。
近鉄橿原神宮前駅から徒歩10分ほどです。

こちらの記事で石川池周辺の史跡をまとめてご紹介しています。


最後までお読み頂きありがとうございます。

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