万葉人の心、千年を超えて【橿原の万葉歌碑めぐり】石川池の紀皇女の歌碑と弓削皇子の相聞歌

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万葉歌碑が建っている場所を訪れて、歌が詠まれた時代に思いを馳せるのが好きなみくるです。

橿原市観光政策課は「万葉集にゆかりが深い橿原で、令和の時代に万葉びとの思いや情景を感じていただければ」との思いから、市内の万葉歌碑を紹介するパンフレット『橿原の万葉歌碑めぐり~万葉人の心、千年を越えて 日本最初の歌集・万葉集~』を作成されました。

橿原の万葉歌碑巡り 表面

パンフレットを片手に歌碑巡りを楽しんでいます。

橿原の万葉歌碑めぐり 裏面

今回は18番の紀皇女きのひめみこの歌碑をご紹介します。

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石川池(剣池)の畔に建つ紀皇女の万葉歌

紀皇女の万葉歌

歌碑は橿原市石川町の石川池(剣池)の畔に建っています。

石川池(剣池)

石川池はかつて「剣池」と呼ばれていました。

第8代孝元天皇陵の周濠を巡らしたように見えますが、『日本書紀』には、第15代応神天皇が軽池、鹿垣池、厩坂池と共に剣池を造ったとあり、灌漑用のため池として利用されていました。
橿原市の史跡を巡る【石川池(剣池)】で古代からの美しい景観を楽しむ~石川池周辺を歩くその5-1

紀皇女の万葉歌碑と石川池

(原文)
軽池之 浦廻徃轉留 鴨尚尓 玉藻乃於丹 獨宿名久二
※「浦」は原文では「さんずい偏」+「内」

揮毫者:辰巳利文

紀皇女の万葉歌碑

(題詞)
紀皇女御歌一首

(読み下し)
軽の池の 浦廻うらみ行きる 鴨すらに
玉藻たまものうへに ひと宿なくに
巻3-390 紀皇女

(現代語訳)
軽の池のほとりを泳ぎ回る鴨でさえ、玉藻の上にひとり寝ることはないというのに。

独り寝の寂しさを詠んだ歌で、名歌の一つとして数えられています。

紀皇女の万葉歌碑の説明板

紀皇女は天武天皇の皇女で、穂積皇子ほづみみこの同母妹です。

紀皇女と弓削皇子

紀皇女は文武天皇の妃であったが弓削皇子と密通し、それが原因で妃の身分を廃されたとする説があります。この歌は弓削皇子への叶わぬ思いを苦しむ紀皇女の気持ちを表したものかもしれません。

弓削皇子からの相聞歌が『万葉集』2・119~122にあるのですが、弓削皇子と結婚したという史料はありません。他の皇子・皇女たちと違い、紀皇女に関する資料がほとんど残っていないのは、弓削皇子との関係が原因で正妃の立場を剥奪され記録から抹消されたとのが原因とも言われています。

正当な後継者の軽皇子(文武天皇)が皇族出身の妃を持たないことは考えられず、紀皇女こそ正妃であったが、将来の皇后の不倫という不埒な事件により公式記録から抹消されたということのようです。

弓削皇子が紀皇女を思って詠んだ歌4首

弓削皇子の相聞歌をご紹介します。

(題詞)
弓削皇子の紀皇女を思へる御歌四首

(読み下し)
吉野川 行く瀬の早み しましくも
淀むことなく ありこせぬかも

巻2-119

(現代語訳)
吉野川を流れる瀬の水は早く淀むことがないけれど、僕たちもずっと淀み迷うことない恋心でいたいものだなあ。

(読み下し)
我妹子に 恋ひつつあらずは 秋萩の
咲きて散りぬる 花にあらましを

巻2-120

(現代語訳)
愛しいあの子に恋い悩んでいるぐらいなら、いっそ秋萩の花のように咲いて散りたいものだなあ。

(読み下し)
夕さらば 潮満ち来なむ 住吉の
浅香の浦に 玉藻刈りてな

巻2-121

(現代語訳)
夕暮れになれば潮が満ちてくるだろう。その前に住吉の浅鹿の浦の玉藻を刈りたいなあ。玉藻のような君を…

(読み下し)
大船の 泊つる泊まりの たゆたひに
物思い痩せぬ 人の児故に

巻2-122

(現代語訳)
大船が泊まる港の水のようにゆれ動く心のために痩せてしまったよ。あの人のために。

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弓削皇子と『万葉集』を読む楽しみ

弓削皇子は天武天皇の皇子です。
生年は不詳ですが、天武天皇2年(673年)誕生と推測されています。『万葉集』には8首の歌が収録されていて、これは天武天皇の皇子のなかで最多です。紀皇女を思って作った歌の他に額田王との問答歌などがあります。

文武天皇3年7月21日に薨去されています。天武天皇2年(673年)誕生とするならば、27歳の若さで亡くなったことになります。紀皇女との恋に悩み心労がたたって亡くなったのかもと想像してしまいます。「物思い痩せぬ」と詠んでいますし。

額田王との問答歌をご紹介します。

(題詞)
幸于吉野宮時弓削皇子贈与額田王歌一首

(読み下し)
いにしへに 恋ふる鳥かも 弓絃葉の
御井の上より 鳴き渡り行く

巻2-111

(現代語訳)
昔を偲んでいる鳥なのでしょうか、弓絃葉の御井の上を鳴き渡ってゆきます。

弓弦葉
弓弦葉

この歌に答えて額田王が詠んだ歌が続いています。

(題詞)
額田王和え奉る歌一首

(読み下し)
いにしへに 恋ふらむ鳥は 霍公鳥
けだしや鳴きし 我が念へるごと

(現代語訳)
昔を恋しがる鳥は霍公鳥なのでしょう。おそらく、私が昔のことを懐かしんでいるように鳴いたのでしょうね。

額田王との問答歌は、里中満智子さんの『天上の虹』では、恋の名手である額田王に弓削皇子が恋に悩まむ苦しい心の内を打ち明けた歌と解釈されています。

このうように、公的な記録である記紀では分からない人間模様が想像できるのも、『万葉集』に興味を持つようになったきっかけのひとつです。

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石川池(剣池)へのアクセス

奈良県橿原市石川町

駐車場はありません。
近鉄橿原神宮前駅から徒歩10分ほどです。

石川池と孝元天皇陵をご紹介したこちらの記事もあわせてご覧ください。

「大軽春日神社」の境内に建っている万葉歌碑もご紹介しています。
【橿原の万葉歌碑めぐり】軽の社の斎槻を詠んだ歌(大軽春日神社)

最後までお読み頂きありがとうございます。

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