神武天皇の長兄「彦五瀬命」をお祀りする【竈山の御陵】で美しく平らかな日々に感謝する

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『古事記』と『日本書紀』を学んでいるみくるです。私が住む奈良県橿原市は私が住む奈良県橿原市は、神倭伊波礼毘古命かむやまといわれびこのみことが初代神武天皇に即位された地です。

神武天皇をお祀りする橿原神宮
神武天皇をお祀りする橿原神宮

神倭伊波礼毘古命が日向を発ち、橿原の宮で即位されるまでの苦難の道中で亡くされた兄の五瀬命いつせのみことをお祀りしている神社と御陵が、和歌山市南部の竈山かまやまの地にあると知りお詣りして来ました。

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竈山は神武天皇長兄「五瀬命」薨去の地

彦五瀬命ひこいつせのみことは初代神武天皇の長兄です。神倭伊波礼毘古命かむやまといわれびこのみこと(神武天皇)の東征に弟たちと従軍されたのですが、途中、長髄彦ながすねひことの戦いで負った傷が元で紀国の雄水門おのみなとに着いた所で亡くなられました。

この時に彦五瀬命が「賊に傷つけられて死ぬとは」と雄叫びしたので、その地は「雄水門(古事記では男之水門)」といいます。

その後『日本書紀』によると紀国竈山で亡くなり、竈山に墓が築かれました。

和歌山市和田に鎮座する「竈山神社かまやまじんじゃ」はその彦五瀬命の神霊を祀る神社です。

こちらの記事で竈山神社についてご紹介しています。
神武天皇の長兄「彦五瀬命」をお祀りする【竈山神社】にて神武東征に想いを馳せる

本殿の背後には彦五瀬命の墓と伝わる「竈山の御陵かまやまのみはか」があります。

竈山の御陵と説明板

竈山の御陵の説明板に、彦五瀬命が亡くなられたのは「神武天皇が即位された皇紀元年より二年ほど前のことです」とありました。

竈山の御陵の説明板

竈山神社境内の北端に御陵の入り口があります。

竈山の御陵へと架かる橋

竈山の御陵は宮内庁により「神武天皇兄彦五瀬命 竈山墓」に治定されています。

竈山の御陵の宮内庁の管理札

橋を渡った先にロープが張られていて、立ち入ることはできませんでした。

竈山の御陵

実際の被葬者は明らかでありませんが、宮内庁上の形式は円墳です。高さ約9メートルの独立丘上に位置し、墳丘は直径約6メートル、高さ約1メートルで、裾に護石を配するとされます。

神武天皇をお祀りする橿原神宮の公式サイトに

天照大神〈あまてらすおおみかみ〉の五代目にあたる神武天皇は、互いに争うことのない、永遠に困窮しない国を実現するため、九州の日向国〈ひむかのくに〉 高千穂から、国の中心地を目指し東へ向かいます。東遷〈とうせん〉の道中、豪族との争いや、相次ぐ兄弟達の不幸等、想像を絶する困難に遭いながらも、国内を平定され、ついに畝傍山〈うねびやま〉の東南 橿原宮〈かしはらのみや〉で第一代天皇として即位されました。

橿原神宮について – 橿原神宮

とあります。

天候に恵まれた美しい良き日に、神武天皇と苦難を共にし、国を平らかにしようとされた彦五瀬命をお祀りする神社と御陵にお詣りでき、有難く思いました。

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竈山の御陵へのアクセス

和歌山県和歌山市和田

最後までお読み頂きありがとうございます。