万葉歌碑巡り【大津皇子辞世の句】磐余の池跡地にて大伯皇女と共に偲ぶ

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『天上の虹』がきっかけで『万葉集』に興味を持ったみくるです。

物語に出てくる場所で一番行きたかったのが、大津皇子が辞世の句を詠んだとされる「磐余の池(いわれのいけ)」でした。

磐余の池跡地
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古代に作られた幻の池【磐余の池】

『日本書紀』の第17代履中天皇の項に、「磐余(いわれ)池をつくる」と出てきます。
谷川を堤で堰き止めたダム式の池でした。

池は桜井市池之内から橿原市東池尻のあたりにあったようですが、後世に干拓され水田となりました。

平成23年(2011年)に池の堤が発掘され、その場所がほぼ確定されました。

磐余の池跡地

百伝う磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ

磐余の池があったとされる場所に写真家の入江泰吉氏揮毫の歌碑が建っています。
大津皇子の辞世の句です。

大津皇子辞世の句全体

(題詞)
大津皇子の死を被(たまはり)し時に、磐余の池の陂(つつみ)にして涕(なみだ)を流して作らす歌一首

(原文)
百傳 磐余池尓 鳴鴨乎
今日耳見哉 雲隠去牟

大津皇子辞世の句拡大

(読み下し)
百伝ふ 磐余の池に 鳴く鴨を
今日の見てや 雲隠りなむ

巻3-416 大津皇子
揮毫:入江泰吉(写真家)

(現代語訳)
百にたどり至る磐余の池に鳴く鴨を見ることも今日を限りとして、私は雲の彼方に去ってしまうのだろうか。

大津皇子辞世の句解説

大津皇子は天武天皇の皇子ですが、天皇崩御の直後に謀反の罪で捉えられ、持統天皇から死を命じられました。
池の北方の邸宅で24歳の命を絶ちます。

その時に詠まれた歌で、鴨と雲に無念の気持ちを託した辞世の句です。

磐余の池は川をせき止めるダム式の人工池としては国内最古のものになります。
今は池は無く田畑が広がる長閑な風景、ここで自ら絞首されたのかと思うとしみじみします。

磐余の池跡地

『天上の虹』にこの歌を詠む場面が描かれています。

「尊い方の死罪は自ら絞首なさることになっている。刀でお体を傷つけることは汚れになるから」とあります。
正妃の山辺皇女は裸足で駆け付け、磐余の池に身を投げて亡くなりました。

『日本書紀』にその時の様子が

妃皇女山邊、被髮徒跣、奔赴殉焉、見者皆歔欷。

妃の皇女山辺(=山辺皇女)は髪を振り乱して、裸足で、走って行き、殉死しました。
見た人は皆、嘆きました。

持統天皇(二)臨朝称制・大津皇子の謀反と死、その人物像 (nihonsinwa.com)

と書かれています。

大津皇子は二上山に葬られたと万葉集は伝えます。
右端の雌岳と雄岳とが連なる双峰の山が二上山です。

磐余の池より二上山

『万葉集』に収められている大伯皇女(大津皇子の姉)の歌六首全てが大津皇子を想う歌です。
内二首は大津皇子が二上山に葬られる時に哀しみ悼んで詠んだ歌です。

(読み下し)
うつそみの 人にある我や 明日よりは
二上山を 弟背と我が見む

万葉集 巻2-165 大伯皇女

(現代語訳)
一人この世に生き続ける私は、明日からは弟の眠るあの二上山を弟として見続けよう

(読み下し)
磯の上に 生ふる馬酔木を 手折らめど
見すべき君が ありといはなくに

万葉集 巻2-166 大伯皇女

(現代語訳)
磯のほとりに生えている馬酔木を折りたいが、見せるべき相手であるあなたがいるわけではないのに

皇子の無念さと深い悲しみが伝わり胸を打たれます。

二上山は藤原京のあった橿原市に住む私も毎日目にする山です。
古来より様々な思いで眺めて来られたこの美しい山を、私も様々な思いで眺めています。

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磐余の池へのアクセス

奈良県橿原市東池尻町

近くに御厨子観音妙法寺があり、境内から磐余の池を見下ろせます。

御厨子観音妙法寺

美しいお寺なので、ぜひ合わせてお参りされて下さい。
駐車場があります。

大津皇子の歌碑はのぼりの連なる参道の入口の近くに建っています。

御厨子観音妙法寺の参道

『万葉集』の世界を深く学べる本

里中満智子さんの『天上の虹」では、大津皇子を裏切ったとされる川島皇子の苦悩も濃く描かれています。

大津皇子が謀反の意ありとされ、引き立てられる場面です。

里中満智子さんに聞く万葉集の魅力
里中満智子さんに聞く万葉集の魅力 – ほぼ日刊イトイ新聞 (1101.com)

川島皇子が実際のところ、どう考えて行動したのかわからないけれど、
きっと人と人のつながりのなかで動いている。
いい奴とか悪い奴とか、ひとくちにいえる人なんていないと思うんです。
しがらみと理想と、自分の実力。
そうしたものを秤にかけて、家族の事情も抱えながら考える。
それは、きっと私たちと同じです。
そういう感覚で読むと万葉集って、とても近いものになる。
1000年くらいで、人ってそう変わりませんから、わからない世界じゃないんですよ。

里中満智子さんに聞く万葉集の魅力 – ほぼ日刊イトイ新聞 (1101.com)

人はそんな簡単じゃない、それは現代に生きる私たちも、万葉の時代の人たちも同じ。
里中満智子さんは深い気づきを下さいます。

大津皇子が磐余の池で辞世の句を詠む場面は、講談社文庫版『天上の虹』6巻に描かれています。

最後までお読み頂きありがとうございます。