天理市

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神社仏閣・史跡巡り

ワニ氏の里【櫟本高塚遺跡】古代の祭祀場跡が見つかる(奈良県天理市)

天理市観光協会さんのサイトを見ながら、おススメの観光スポット巡りをしているみくるです。前回は「はにわの里コース」から、天理市櫟本町にある「櫟本高塚公園いちのもとたかつかこうえん」をご紹介しました。今回は、発掘調査の後に整備されて公園になった...
神社仏閣・史跡巡り

遺跡に整備された【櫟本高塚公園】展望台からの景観やハイキングを楽しむ(奈良県天理市)

この記事では、天理市櫟本町の「櫟本高塚公園」をご紹介しています。公園全体が一つの塚の形をしていて、頂上部分に見晴らしの良い多目的広場と展望台があり、それを取り巻くように遊具広場、東屋、角助池などが配置されています。春はお花見が楽しめます。夜景が美しいスポットとしても知られています。
古墳巡り

【古代史ミステリー】大型方墳「ハミ塚古墳」は物部氏の墓か?!深掘り探訪!(奈良県天理市)

この記事では「ハミ塚古墳」をご紹介しています。岩屋町字ハミツカに位置する大型方墳です。終末期の方墳としては石舞台古墳、カナズカ古墳に次ぐ規模です。被葬者は布留遺跡を統括していた物部氏と考える説や、和珥わに氏の流れを汲む人物の墓という説があります。
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古墳巡り

白川ダム建設で移築【和爾小倉谷古墳群】3基の古墳と古墳公園と万葉の森(天理市和爾町)

この記事では、今回は、奈良県天理市和爾わに町にある「和邇小倉谷古墳群」をご紹介しています。白川ダム建設に伴う発掘調査で見つかった古墳群を、移築復元したもので「古墳公園」として整備されています。すぐ隣にある「万葉の森」も合わせてご紹介しています。
神社仏閣・史跡巡り

いにしえの歌碑めぐり【歌塚の歌碑】清少納言『枕草子』を踏まえて(奈良県天理市)

奈良県天理市の観光協会さんのサイト「いにしへの歌碑めぐり」を見ながら歌碑めぐりをしています。今回は2番の「歌塚の歌碑」です。歌碑は、柿本人麻呂の石像がある柿本寺跡に建っています。清少納言の『枕草紙』を踏まえて詠まれた歌です。
神社仏閣・史跡巡り

前方後円墳の上に建つ櫟本の鎮守【和爾下神社】桃山様式の本殿は重要文化財(奈良県天理市)

この記事では、天理市櫟本地域の鎮守で前方後円墳の上に建つ神社「和爾下神社」をご紹介しています。櫟本は古くから交通の要衝として栄えてきた街です。また、大和政権時代、多くの天皇に何人もの后妃を出したといわれる古代豪族・「ワニ」(和珥・和爾)氏が住んだ地でもあります。
神社仏閣・史跡巡り

柿本寺跡と歌塚~天理ゆかりの万葉第一の歌人「柿本人麻呂」に想いを馳せて(奈良県天理市)

この記事では、奈良県天理市櫟本の「柿本寺跡」をご紹介しています。柿本寺はその名の通り柿本氏の氏寺です。明治時代に廃寺となりました。寺跡を示す物は残っていませんが、柿本氏の出である歌聖・柿本人麿の遺骨を葬った「歌塚」や、柿本人麻呂像や、歌碑などが建っています。
神社仏閣・史跡巡り

氷の神様をお祀りする【氷室神社】そこは霊気漂う神秘的な空間!道安の郷コース②~奈良県天理市福住

この記事では氷室神社をご紹介しています。氷室神社と言えば、奈良市春日野町のものが有名ですが、今回ご紹介するのは、天理市福住町の氷室神社です。創祀は、奈良市の氷室神社よりも古く、414年と伝わります。第19代允恭天皇の御代のことです。奈良市のものと区別して「都祁氷室神社」と呼ばれることもあります。
神社仏閣・史跡巡り

古代の大きな冷凍庫!?【氷室跡(都祁氷室の旧跡)】道安の郷コース①~奈良県天理市福住

この記事では、天理市観光協会さんが作成された観光ガイドに掲載されているウォーキングコース「道安の郷」のスポットをご紹介しています。最初にご紹介するのは福住にある「氷室跡(祁氷室の旧跡)」です。「氷室」は、氷を保管する部屋のことで、古代には都に近く、気温が低い地域に設けられました。
神社仏閣・史跡巡り

いにしえの歌碑めぐり【影姫あわれの歌碑】和爾下神社に建つ『日本書紀』歌謡(奈良県天理市)

この記事では、天理市観光協会さんの観光ガイド「いにしえの歌碑めぐり」に掲載されている歌碑をご紹介しています。今回は1番の「影姫あわれの歌碑」です。歌碑は、天理市櫟本町にある和爾下神社の参道脇に建っています。『日本書紀』の平群鮪と影姫の悲恋の物語を歌にしたものです。
神社仏閣・史跡巡り

石上神宮の干支みくじ(巳みくじ)【令和7年(2025年)巳年】奈良県天理市

この記事では、奈良県天理市の石上神宮の干支みくじ(巳みくじ)をご紹介しています。2025年の干支は乙巳(きのとみ)。「乙」は新な芽が柔らかく伸び始める様を表し、「巳」は物事が熟成し、次の変化へ進む転換を表すといわれます。新しい年が、希望に満ちた佳き年となりますようにお祈り致します。
神社仏閣・史跡巡り

ヤマトタケルが最後に偲んだ倭【天理市渋谷町の鎌砥池】倭は国のまほろば(山の辺の道)

この記事では、景行天皇の皇子の日本武尊の物語と、死を前にした皇子が詠んだ歌と、偲んだであろう大和の美しい青垣の山々をご紹介します。天理市渋谷町の「鎌砥池」という景勝地に「ヤマトタケルが最後に偲んだ倭」と書かれた説明板があり、素晴らしい景観を楽しめました。
古墳巡り

秋の山の辺の道を歩く【景行天皇陵(渋谷向山古墳)】全国第8位の規模を誇る前方後円墳

この記事では山の辺の道沿いにある景行天皇陵をご紹介しています。景行天皇陵は、渋谷向山古墳ともいう全長約300mの堂々たる前方後円墳です。その大きさは全国で第8位の規模を誇ります。景行天皇は日本武尊の父と伝えられる第12代の天皇で、纏向遺跡付近に都したと伝わります。
神社仏閣・史跡巡り

【山の辺の道の歌碑めぐり】光孝天皇が布留の滝を訪れた時に僧正遍照が詠んだ歌(奈良県天理市)

この記事では、石上神宮の境内から南へと続く山の辺の道に建っている僧正遍照の歌碑をご紹介しています。光孝天皇が親王の時に布留の滝(桃尾の滝)を訪れたことが分かる歌です。僧正遍照は奈良県天理市の良因寺(石上寺)の僧となって居を構えていました。
神社仏閣・史跡巡り

いにしえの歌碑めぐり【僧正遍照と小野小町の贈答歌】美男美女の粋な掛け合い(厳島神社の歌碑)

この記事では、奈良県天理市布留町の厳島神社の境内にある、僧正遍照と小野小町の贈答歌が刻まれた歌碑をご紹介しています。かつてこの地にあった石上寺に僧正遍照がいると聞き、会いにきた小野小町が詠んだ歌と、それに返した僧正遍照の返歌は美男美女の粋な掛け合いでした。
神社仏閣・史跡巡り

僧正遍照と小野小町が歌を交わした【厳島神社(良因寺・石上寺)】奈良県天理市布留町

この記事では、天理市布留町の厳島神社をご紹介しています。付近一帯には良因寺という4000坪の大寺がありましたが、今は薬師堂が残るのみです。良因寺(石上寺)は平安時代の歌人・僧正遍照が居を構え、小野小町と歌を交わしたお寺です。境内に歌碑が建っています。
神社仏閣・史跡巡り

秋の山の辺の道を歩く【石上神宮】常緑樹に包まれる神さびたパワースポット!(奈良県天理市)

この記事では、奈良県天理市布留町の「石上神宮」の見どころをご紹介しています。日本最古の神社の一つで、物部氏の総氏神として信仰されてきました。境内はうっそうとした常緑樹に囲まれ、神さびた自然の姿を今に残しています。パワースポットとしても人気の神社です。
万葉歌碑巡り

【山の辺の道の歌碑めぐり】石上神宮の柿本人麻呂の歌碑で「内山永久寺」と出会う(奈良県天理市)

この記事では、石上神宮の社号標の横に建つ柿本人麻呂の歌碑をご紹介しています。想い人への切ない恋心を技巧も交えて詠った人麻呂らしい一首です。歌碑の石材は旧内山永久寺の北門跡にあった敷石が用いられています。内山永久寺の隆盛を伺い知ることができました。
神社仏閣・史跡巡り

【山の辺の道の歌碑めぐり】日本画家がその美しさを写実的に詠んだ「夜都伎神社」奈良県天理市

この記事では、山の辺の道沿いの夜都伎神社の前に建つ「廣瀬東畝」の歌碑をご紹介しています。乙木の鳥居が赤く立っている様子を写実的に詠んだ日本画家らしい歌です。観光パンフレット「山の辺の道」には、38基の歌碑が掲載されています。全てを訪ね歩こうと思っています。
神社仏閣・史跡巡り

【山の辺の道の歌碑めぐり】若き日の松尾芭蕉も訪れた桜咲き誇る「内山永久寺」奈良県天理市

この記事では山の辺の道沿いの「内山永久寺跡」の池の畔に建つ松尾芭蕉の句碑をご紹介しています。「うち山やとざましらずの花ざかり」。芭蕉がまだ宗房と名乗っていた頃の句です。内山永久寺の桜の美しさに驚いて詠まれました。池は桜のベストスポットとしても知られます。
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