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【飛鳥の謎の石造物vol.4】なぜむき出し?石舞台古墳に隠された「暴かれた墓」のミステリー

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生まれも育ちも奈良県で、明日香が大好きなみくるです。

飛鳥の謎を巡る「謎の石造物シリーズ。 「亀石(かめいし)」、「猿石(さるいし)」、「マラ石(まらいし)」に続いてご紹介するのは、飛鳥観光の主役ともいえる「石舞台古墳(いしぶたいこふん)」です。

あまりにも有名すぎるこの古墳。アクセスや見どころについては、こちらの記事で詳しく解説していますが、実は知れば知るほど「謎」が深まる場所でもあるんです。

「なぜ土がないのか?」「どうやってこれほどの巨石を運んだのか?」「本当に蘇我馬子の墓なのか?」 今回は、これまでの石造物シリーズと同様に、「飛鳥のミステリー」という視点で石舞台古墳の深淵に迫ってみたいと思います。

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本当に蘇我馬子の墓なのか?地元民が迫る5つの謎

石舞台古墳とは?(簡単解説)

本題の謎に迫る前に、まずは「石舞台古墳(いしぶたいこふん)」について簡単におさらいしておきましょう。

  • 正体は?:7世紀初め頃に造られた、日本最大級の方墳(四角いお墓)です。
  • 誰のお墓?: 明確な証拠はありませんが、当時の有力者だった蘇我馬子(そがのうまこ)の墓とする説が有力視されています。
  • 最大の特徴:かつては土で覆われていましたが、現在はそれが失われ、巨大な石室(石の部屋)が剥き出しになっています。
飛鳥の謎の石造物「石舞台古墳」

天井石の重さは、南側が約77トン、北側が約64トン。総重量は約2,300トンという、文字通りの巨石記念物。教科書でおなじみの姿ですが、一歩足を踏み入れると、その圧倒的なスケールに「どうやってこれを作ったの?」と思わずにはいられません。

では、そんな石舞台古墳に隠された「意外な謎」を紐解いていきましょう。

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「見せしめ」だった? 封土(盛土)消失の謎

石舞台古墳を見て誰もが抱く疑問、それは「なぜお墓なのに、土に覆われていないの?」ということではないでしょうか。

かつては一辺約50メートルの方墳として、美しい盛り土(封土)に覆われていたことが調査で分かっています。それがなぜ、これほど無惨に剥き出しになってしまったのか……。

単なる風化や、石材を再利用するために土が退けられたという説もありますが、古代史ファンの間で根強く支持されているのが蘇我一族への復讐説です。

強大な権力を振るった蘇我馬子ですが、その死後、大化の改新(645年)によって蘇我本宗家は滅ぼされます。その際、馬子に反感を持っていた者たちが、死後の彼に辱めを与えるため、あえてお墓の土を剥ぎ取り、日光の下にさらけ出した(暴いた)のではないか――。

もしそれが事実なら、この剥き出しの巨石は、一族の栄華と没落を象徴する「見せしめ」の姿なのかもしれません。

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古代のオーパーツ? 驚異の運搬技術

次に注目したいのが、その圧倒的な「重さ」です。 天井石に使われている2つの巨石は、南側が約77トン、北側が約64トン。総重量にいたっては約2,300トンという、気が遠くなるようなスケールです。

重機もクレーンもない飛鳥時代、どうやってこれほどの巨石を組み上げたのでしょうか。

  • 石のルーツ:これらの石は約3km離れた多武峰(とうのみね)付近から運ばれたと考えられています。
  • 運搬の謎::「修羅(しゅら)」と呼ばれる木製のソリに乗せ、テコの原理とコロを駆使して運んだとされていますが、想像を絶する労力と精密な計算が必要です。

1ミリの狂いもなく組み上げられた石室の構造を見ていると、これは単なる土木作業ではなく、大陸(朝鮮半島)から伝わった当時の最先端ハイテク技術を結集させた、まさに「古代のオーパーツ」とも呼べる偉業だったことが分かります。

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「石舞台」という名の由来と狐の伝説

なぜ「古墳」ではなく「石舞台」と呼ばれているのか、その不思議な名前にまつわるお話をご紹介します。

有名なのは、「夜な夜なキツネが美しい女性に化けて、この石の上で舞を踊った」という可愛らしい伝説です。月明かりに照らされた巨石の上で踊るキツネ……なんとも幻想的な光景ですよね。

しかし、歴史を辿るともっと現実的な理由も見えてきます。 土が剥ぎ取られた後、平らになった天井石がいつしか「舞台」のように見なされるようになり、実際にそこで演劇が行われていた時期があったとも言われているのです。

死者を祀る静かな場所が、いつしかキツネの遊び場や村人の集う舞台へと変わっていった。そんな「歴史のその後」のギャップも、石舞台古墳の魅力の一つと言えるでしょう。

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被葬者は本当に蘇我馬子なのか?「空白」の1400年

石舞台古墳について語るとき、必ずセットで登場するのが、大化の改新以前に強大な権力を振るった蘇我馬子(そがのうまこ)の名前です。

「馬子の墓」としてほぼ定説となっていますが、実は……それを決定づける文字資料や遺物は、何一つ見つかっていないということをご存知でしょうか?

  • なぜ「馬子の墓」と言われているの? :『日本書紀』に「馬子を桃源墓(ももはらのゆ)に葬った」という記述があり、この周辺が「島庄(しまのしょう)」と呼ばれた馬子の本拠地だったことから、消去法で「これほどの巨石を使えるのは馬子しかいない」と判断されているのが現状です。
  • 残された「空白」の謎 :古墳の内部(石室)は、古くから剥き出しだったためか、被葬者を特定するための副葬品などは一切残されていませんでした。
    もし、ここが本当に馬子の墓だとしたら、なぜこれほどまでに徹底的に何も残っていないのか。それこそが、先にご紹介した「復讐説」による徹底した破壊の結果なのか、あるいは……実は全く別の、歴史の表舞台に名前が残っていない人物が眠っていた可能性もゼロではありません。

「馬子の墓である」という前提で眺めるのと、「誰の墓か分からない」という視点で眺めるのでは、石の表情も違って見えてくるから不思議です。

誰もいない石室の中で、かつてここに誰が横たわっていたのか……そんな想像に耽るのも、石舞台古墳の贅沢な楽しみ方かもしれません。

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本来の姿は?「失われた巨大方墳」をシミュレーション

今でこそ巨大な石がゴツゴツと露出している石舞台古墳ですが、造られた当初の姿は、今とは全く別物でした。

  • 三段構造の巨大ピラミッド?:調査によると、本来は一辺約50メートル、高さ約12メートルという巨大な「三段築成(さんだんちくせい)」の方墳でした。周囲には深く広い堀が巡らされ、その外側には外堀まであったことが分かっています。今の「石の塊」という印象ではなく、山のような圧倒的な存在感を持つ「土のピラミッド」だったのです。
  • 表面を飾る「白い石」の輝き:さらに驚くべきは、盛り土の表面です。斜面には「貼石(はりいし)」と呼ばれる石が敷き詰められていました。造られた当時は、土の色ではなく、整然と並んだ石に覆われた、白く輝くような外観をしていたと想像されています。
  • なぜ「舞台」になってしまったのか:本来、これほど厳重に土と石で固められていた墓が、いつ、どのような理由で剥き出しになったのかは、先述した「復讐説」を含め、飛鳥最大の謎の一つです。

もし、今も当時のままの姿で残っていたら、私たちは天井石を拝むことすらできなかったはず。そう思うと、今の「不完全な姿」こそが、長い歴史の激動を物語る一番の証拠なのかもしれません。

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最後に:石舞台が私たちに語りかけるもの

教科書で見るだけでは分からない、石舞台古墳の「影」の部分。 怨念による剥き出しの姿なのか、あるいは古代技術の結晶なのか……。 皆さんもこの巨大な石の前に立ったときは、ぜひ少しだけ目を閉じて、1400年前の飛鳥の空気を感じてみてくださいね。

次は、水を流したのか、お酒を搾ったのか……。シリーズ第5段は、 最も美しいミステリーを秘めた「酒船石(さかふねいし)」をご紹介します。

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飛鳥の謎を巡る!「謎の石造物シリーズ」

明日香村に点在する、不思議な石造物たち。 一つひとつに、古代人の祈りや驚きの伝説が隠されています。 みくると一緒に、飛鳥のミステリーをコンプリートしてみませんか?

  • 第1回:亀石(かめいし)
    • 飛鳥を代表する人気者!その背後に隠された「斉明天皇」の影とは?
  • 第2回:猿石(さるいし)
    • 吉備姫王墓に佇む4体の異形。飛鳥資料館の「裏の顔」も必見!
  • 第3回:「マラ石(まらいし)
    • 祝戸の里に鎮座する、生命力と結界の象徴。
  • 第4回:「石舞台古墳(いしぶたいこふん)」(今ここ!)
    • 教科書でおなじみの巨石。でも、なぜ「舞台」と呼ばれているの?
  • 第5回:「酒船石(さかふねいし)」(次回の記事予定)
    • 水を流したのか、お酒を搾ったのか……。ミステリアスな造形美に迫ります。

石舞台古墳へのアクセスと利用案内

アクセス

奈良県高市郡明日香村島庄254

お車でお越しの場合は、「国営飛鳥歴史公園石舞台地区駐車場」を利用されると便利です。

国営飛鳥歴史公園石舞台地区駐車場

石舞台古墳のご利用案内

入場時間:9:00~17:00(受付16:45まで)
入 場 料:一般 300円、高校生~小学生100円

詳しくは「国営飛鳥歴史公園」の石舞台古墳のページをご参照ください。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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