生まれも育ちも奈良県のみくるです。幼い頃より何となく参拝してきた県内に数多くある神社仏閣について、きちんと知りたいと思っています。
今年は天理市観光協会さんの公式サイトを参考にしながら、「山の辺の道 北コース」を歩いています。

これまで「石上神宮」「布留の高橋」「白川ダム」と、歴史と自然の交差点をめぐってきました。
奈良から桜井までを結ぶ「山の辺の道」は日本最古の道といわれ、特に天理から北側の道「山の辺の道(北コース)」は観光客も少なくひっそりとしていているので、静かに歴史を辿れます。
そんな旅の途中、私は静かな山あいにひっそりと佇む「弘仁寺(こうにんじ)」に立ち寄りました。「高樋の虚空蔵さん」として地元の方々に親しまれるこのお寺は、知恵の仏様として信仰を集める虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)をご本尊としています。
今回は、そんな知られざる北コースの魅力と、そこに息づく弘仁寺の歴史と静謐な空気を深く掘り下げていきます。
山の辺の道を歩いて「弘仁寺」へ
山の辺の道 北コースの魅力
「山の辺の道(北コース)」は、石上神宮から影媛ゆかりの布留の高橋をわたり、青垣の山裾をたどって北へ向かうコースです。影媛伝説のあとを追いながら進むと、弘仁寺・正暦寺・円照寺などの、山あいに隠れるように点在する清らかな寺々に出会えます。

天理から奈良へと続く北コースは、天理~桜井間の南コースにくらべて知名度も低く、訪れる人も少ないのですが、それだけにのどかな景観と俗化されていない、魅力的な史跡が残されているコースといえます。
石上神宮から弘仁寺までは6.5kmです。

知恵の仏様が待つ「高樋の虚空蔵さん」弘仁寺へ
高樋の虚空蔵さん(たかひのこくうぞうさん)
奈良市南部の虚空蔵山に佇む弘仁寺は、平安時代初期の創建から1200年以上の歴史を持つ古刹です。「高樋の虚空蔵さん(たかひのこくうぞうさん)」として親しまれ、十三詣りの聖地として多くの人々に愛され続けています。都市部から離れた山間に位置するこの寺院は、まさに「隠れた名刹」と呼ぶにふさわしい、静寂と神秘に満ちた場所です。
弘仁寺の歴史と創建の謎
弘仁寺の創建については、実に興味深い二つの物語が伝承されています。これらの物語は、平安時代初期という激動の時代背景を映し出しており、古代日本の宗教文化の豊かさを物語っています。
嵯峨天皇勅願創建説(815年)
第一の物語は、嵯峨天皇(在位809-823年)の夢枕に現れた老人の託宣に基づく創建説です。
夢の中で老人は「奈良の南に霊山がある。もろもろの仏があらわれて、お経の声がたえない。ここに寺をたてて、衆生を利益されたい」と告げました。目覚めた嵯峨天皇がその地を探し求めたところ、現在の虚空蔵山にその場所を発見し、弘仁6年(815年)に勅願によって建立されたというものです。
嵯峨天皇は平安時代初期の文化の担い手として知られ、弘法大師空海との深い関係でも有名です。この創建説は、当時の朝廷と仏教界の密接な関係を示すものとして、歴史的にも重要な意味を持っています。
弘法大師流星観測説(807年)
第二の物語は、弘法大師空海(774-835年)による創建説です。
大同2年(807年)、空海が虚空蔵山に流星が落ちるのを目撃し、この地を霊山として認識して開基したとされています。空海自らが彫刻した虚空蔵菩薩像を本尊として安置したという伝承も残されています。
この説は、空海の虚空蔵菩薩に対する深い信仰と関連しています。空海は青年時代に阿波の太龍嶽で虚空蔵求聞持法を修行したことで知られており、弘仁寺の創建もこの信仰的背景から理解することができます。
虚空蔵菩薩信仰の深淵
弘仁寺のご本尊は、虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)で、弘法大師空海の御自作と伝えられています。
弘仁寺の虚空蔵菩薩像の霊験は古くから広く知られ、平安時代から現代に至るまで、学問成就や智恵授与を求める人々の篤い信仰を集めています。
弘法大師空海が青年時代に修行した虚空蔵求聞持法は、虚空蔵菩薩の真言を百万遍唱える修行法です。この修行により、一度聞いたことを永遠に忘れない記憶力を得るとされています。弘仁寺の虚空蔵菩薩信仰は、この密教的な修行法と深く結びついており、単なる祈願寺院を超えた修行道場としての性格も併せ持っています。
弘仁寺の文化財
弘仁寺には多くの文化財が伝わっています。
- 木造持国天増長天立像(附:木造広目天多聞天立像):重要文化財に指定されており、このうち持国天像と増長天像は平安時代前期から中期ごろの古像とされています。
- 木造明星菩薩立像:重要文化財に指定されています。平安時代の作で、現在は奈良国立博物館に寄託されています。空海が明星来影を感得したという伝説に由来する明星信仰に関連する仏像として知られています。
- 本堂:奈良県指定有形文化財です。
- 唐草文三足双耳香炉:奈良市指定文化財で、江戸時代の陶工によるものです。
- 算額(さんがく):奈良市指定有形民俗文化財で、知恵の仏である虚空蔵菩薩への信仰と関連して奉納されたものです。
境内の主な建物と特徴
山門
境内への入り口です。こちらで入山料200円を納めます。

参道
山門をくぐり参道を進むと、俗世間の音が遠のき、神聖な空間へと導かれます。

春には桜が参道を彩り、秋には紅葉が美しいトンネルを作り出します。

境内から振り返って山門を見ます。

参道を真っすぐ進みむと、西側の入口があります。

入山料はこちらでも納められます。

森の中を進む、緩やかな西階段へ繋がっています。

本堂(奈良県指定有形文化財)
弘仁寺の中心となる建物で、寛永6年(1629年)に再建されたものです。本尊の虚空蔵菩薩が祀られており、知恵の仏として多くの信仰を集めています。堂内は広々としており、法要などが行われる際には多くの参拝者で賑わいます。

建築様式は真言宗寺院の特徴を色濃く残しており、歴史の重みを感じさせる荘厳な雰囲気に包まれています。

本堂の仏像は拝観できます(拝観料400円)。

明星堂
伝空海作とされる重要文化財「木造明星菩薩立像」(現在は奈良国立博物館に寄託)が安置されていた堂です。明星信仰に関連する重要な場所です。

明星堂の仏像はご拝観いただけません(覗窓からご覧ください)。
鎮守三社
弘仁寺の守護神を祀る社です。鎮守三社(大国主・事代主・滝蔵明神)をお祀りします。

庫裏と寺務所
寺務を行う建物で、僧侶の生活の場でもあります。


鐘堂
明星堂の横に、鐘堂へ続く階段があります。

鐘堂に吊るされている梵鐘には、寛永11年(1633)の銘があります。

宦国大明神
鐘堂の階段横に鎮座します。

十三重石塔
宦国大明神の奥、鐘堂の横に建っています。

鐘堂から見る風景

境内の自然と景観
弘仁寺の境内は、一年を通して様々な表情を見せてくれます。
- 四季折々の花々: 春には桜、初夏にはアジサイ、夏にはオレンジ色の美しいノウゼンカズラ(7月下旬~8月下旬頃)、秋には紅葉、冬にはサザンカなど、季節ごとに異なる花が境内を彩ります。
- 豊かな緑: 山腹に位置するため、境内は木々に囲まれ、清々しい空気が流れています。特に雨の日や雪の日は、より神秘的な風景を楽しむことができます。
- 山岳寺院らしい趣: 平安仏教が山中に寺院を建立することが多かった影響で、弘仁寺も地形に合わせた伽藍配置となっており、そのことが境内の特徴となっています。

弘仁寺の紅葉は知る人ぞ知る絶景スポットです。例年11月には「もみじ祭り」も開催され、地元の人々や観光客でにぎわいます。
弘仁寺の公式サイトで、住職さんおすすめの風景を公開されています。ぜひご覧ください。
春・秋の晴れた日は、ハイキングやツーリングにいい季節ですが、雪の日や雨の日もいいものです。 違う季節・違う時刻に足を運んで、お気に入りを見つけにきてください。
このページでは、住職が好きな寺の風景を紹介します。
年中行事
- 星供祈願会:宿曜星を祀る加持祈祷 2月13日
- 十三まいり:数え13歳の子が知恵と厄除けを願う 4月13日
- 黄金ちまき会式:柏葉とちまきで健康・厄除 6月13日頃
弘仁寺 奥の院
弘仁寺の奥の院とは
弘仁寺の奥の院は、本堂の裏にある小さな霊域で、かつて滝行や護摩修行などが行われた修験の場とされます。伝説によれば、空海もこの地で修行と瞑想を重ねたといいます。

陽があまり入ってこない暗い場所にあるため 「奥の院は不気味だ」と、言われる方もおられるそうですが、その雰囲気が魅力でもあります。

現在でもひっそりと石仏や祠が点在し、自然と信仰が共存する神秘的な空間が広がっています。

奥の院ご本尊とされる不動明王像が祀られています。

閼伽井の井戸はには清水が湧き、眼病に効く霊水と伝えられています。

湧水

護摩焚場と思われます。

稚児の滝

石碑や灯籠、神仏の石像が、歴史ある修験道の場を感じさせます 。高さは1mほどで、水を落とす石樋があります。かつて滝修行に使われていたにしては、あまりに小さなものでした。
境内からの奥の院への行き方
本堂の左手(山門側)から回り込むようにして、境内の外縁へ進みます。境内の裏手、森の中へ続く細道があり、小さな木製の案内板が立っています。

石や木の根が張った山道を少し下ると、小さな建物(寿楽庵)が見えてきます。奥の院へは5分から10分程度で着きます。

奥の院から山の辺の道へ
奥の院からさらに下ると、県道187号線(福住上三橋線)に出ます。

こちらが北側の参道です。山の辺の道とも重なっています。

県道187号線から入る道に、案内板が出ていました。「徒歩道」とあります。おなじみの山の辺の道の道標も立っていました。

時を超える古刹めぐり、次なる舞台は正暦寺
山の辺の道北コースのハイキングは、歴史と自然を満喫できる素晴らしい体験でした。そして、その道中に弘仁寺という知恵と慈悲の仏様が祀られるお寺を訪れることができ、良い時間を過ごせました。
皆さんも奈良を訪れる際は、ぜひ山の辺の道を歩き、そして弘仁寺に立ち寄ってみてください。きっと素晴らしい体験ができるはずです。
奈良には、まだまだ語りきれないほど多くの古刹が静かに佇んでいます。
次回は、“日本清酒発祥の地”とも呼ばれる紅葉の名所、「正暦寺(しょうりゃくじ)」を訪ねる予定です。
修験道ゆかりの寺院として、また四季の彩りあふれる美しい風景でも知られる正暦寺。
弘仁寺とはまた違った奈良の歴史と魅力を、次の記事でじっくりご紹介しますので、どうぞお楽しみに。
最後までお読み頂きありがとうございます。