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【山の辺の道「奈良道」の歌碑巡り】6番・元正天皇|大川池のほとりで詠まれた女帝の即興歌と、時を繋ぐ天武神社

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山の辺の道を石上神宮から奈良まで歩いているみくるです。

前回の記事では、円照寺へと続く静かな道筋で出会った「8番・舎人親王」の歌碑をご紹介しました。舎人親王が「山人(仙人)は誰のことでしょう?」と問いかけた、謎解きのような一首。

その答えを胸に、さらに北へと4分ほど歩を進めます。距離にして約300m。次なる目的地は、大川池の堤に建つ「6番・元正天皇」の歌碑です。

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「山人」の正体は美しき女帝。祖父・天武天皇から続く血筋の物語

舎人親王の歌碑から、元正天皇の歌碑へ

8番の歌碑を後にして、円照寺に向かってさらに歩きます。

山の辺の道「奈良道」を歩く

田園風景の広がる静かな道です。

山の辺の道「奈良道」を歩く

円照寺まであと少し。

山の辺の道「奈良道」を歩く

1300年前、天皇一行もこの風を感じながら歩いたのでしょうか。

山の辺の道「奈良道」を歩く
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孫の時代を見守る? 途中で出会った「天武神社」

歌碑へ向かう道すがら、私の目を引いたのは「天武(てんむ)神社」という一軒のお社でした。

奈良市山町の「天武神社」

その名の通り、天武天皇をお祀りしている神社です。実は、これから会いに行く元正天皇にとって、天武天皇は「おじい様」にあたります。

奈良市山町の「天武神社」

境内でふと目に留まったのは「天大源」と刻まれた石碑。 天武天皇の別名である大海人皇子の「大」や、天武の「天」を連想させるその文字は、この国を形作り、皇統の源流となった天皇の偉大さを静かに物語っているようでした。

奈良市山町の「天武神社」にある「天大源」の石碑

孫である元正天皇の歌碑へ向かう途中でこの文字に出会ったのは、まるで「ここが物語の源だよ」と教えられたような、不思議な感覚でした。

この奈良道には、皇族たちの足跡が幾重にも重なっています。

奈良市山町の「天武神社」

かつて天武天皇が築いた新しい国の形を、孫である元正天皇が引き継ぎ、この「山村」の地を訪れた……。神社の前を通る時、そんな一族の絆が今もこの道を守っているような、不思議な安心感に包まれました。

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大川池のほとりで、女帝自らが答える「山人の正体」

「8番・舎人親王」の歌碑から歩くこと約4分。少しずつ視界が開け、前方に大きな堤が見えてきました。

山の辺の道「奈良道」を歩く

堤の向こうには、穏やかな水をたたえる大川池が広がっています。

山の辺の道「奈良道」を歩く

その堤の上に、6番の歌碑は建っています。

奈良市山町にある元正天皇の歌碑

刻まれているのは、女帝・元正天皇によるこの一首です。

奈良市山町にある元正天皇の歌碑
奈良市山にある元正天皇の歌碑の案内板

(読み下し)
あしひきの 山行きしかば 山人の
朕に得しめし 山づとそこれ

万葉集 巻20-4293 先太上天皇(元正天皇)

(かな)
あしひきの やまゆきしかば やまびとの
われにえしめし やまづとそこれ

(現代語訳)
山へ入って行ったというあの仙人が、私に持たせてくれた山の土産(山づと)がこれなのですよ。

前の8番の歌碑で、舎人親王が「山人とは誰のことか」と問いかけたのに対し、元正天皇が「それは私自身のこと、あるいは私と心通わせる者のことですよ」と、優雅に応じているような構成になっています。

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「御口号(みくちずさ)み」――その場で生まれたライブ感

この歌の背景は、『万葉集』の題詞に詳しく記されています。

(題詞)
山村に幸行しし時の歌二首
先の太上天皇、陪従の王臣に詔して曰はく「夫れ諸王卿等、宜しく和ふる歌を賦みて奏すべし」とのりたまひて、即ち御口号みまして曰はく、

1300年前、ここ「山村(現在の山村町)」を訪れた元正天皇。お供の者たちに「さあ、みんなで歌を詠みましょう」と呼びかけ、まずお手本として自らサラサラと「御口号み(即興で口ずさんで)」この歌を詠まれたのです。

準備された言葉ではなく、この大川池の風を感じ、山々の緑を愛でながら、その場で生まれた歌。そう思うと、歌碑の文字がより一層生き生きと感じられます。

※題詞にある「先の太上天皇」とは、第44代・元正天皇のこと。
聖武天皇に位を譲られた後、この山村の地を訪れた際の姿が記録されています。
「先の」という言葉には、のちにこの歌を編纂した大伴家持たちの、「今は亡き気高い女帝」への思慕の念が込められているようです。

結び:歴史が眠る池を眺めて

逆から歩いてきたことで、お供の者の問い(8番)から主役の答え(6番)へと辿り着く、「歴史の巻き戻し」のような体験が完結しました。

山の辺の道「奈良道」のガイドマップ
山の辺の道奈良道ルート図 – 山の辺の道「奈良道」を守る会

歌碑の建つ大川池には、実は「大川池古墳」という古いお墓も眠っています。雅な歌声が響いた場所は、さらに古い時代の王たちの安らぎの地でもあったのです。

大川池と大川池古墳

次回の記事では、この池に隠された「大川池古墳」の魅力について詳しくご紹介します。

奈良市山町の元正天皇の歌碑へのアクセス

奈良県奈良市山町1312

最後までお読み頂きありがとうございます。

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