里中満智子さんの『天上の虹』がきっかけで『万葉集』が好きになったみくるです。
『天上の虹』は『万葉集』を丁寧にひも解くことで、『古事記』や『日本書紀』などの公的な記録には残っていない、その時代を生きた人々の心情に触れることで展開していく物語です。
今回は『なぞりがき万葉集』より、『天上の虹』でも印象的に描かれている「有間皇子謀反事件」にまつわる歌をご紹介します。
『なぞりがき万葉集』は歌を鑑賞しながら、美しい字の書き方を学ぶことができるだけではなく、歌の背景や詠まれている植物について知ることができ、万葉の世界に触れられる本です。
岩代の浜松が枝を引き結び
有間皇子の辞世の句
謀反の疑いをかけられた有馬皇子が、処刑を覚悟して自らを悼んで詠んだ挽歌です。
（読み下し）
岩代の 浜松が枝を 引き結び
ま幸くあらば またかへり見む
万葉集 巻2-141 有馬皇子
（現代語訳）
岩代の浜松の枝を引き結んで、幸い無事でいられたら、また立ち帰って見ることもあろう。
有馬皇子の悲劇
悲劇の皇子として知られる有馬皇子は、軽皇子（後の孝徳天皇）の皇子として誕生しました。次期天皇を担う存在でしたが、孝徳天皇と時の権力者だった中大兄皇子（後の天智天皇）の関係が悪化したことで有間皇子の状況は一変してしまいます。
孝徳天皇の死後、中大兄皇子との即位を巡る争いを避けるために心の病を装い、政治の世界から離れていました。
そんな折、斉明天皇と中大兄皇子らが紀の国の温泉に出かけ都を留守します。有間皇子は留守役の蘇我赤兄に唆されて挙兵の準備を整え、皇位簒奪の準備を進めます。
蘇我赤兄はこれを中大兄皇子に通報します。「天皇不在の都で有間皇子が謀反の企みをしております」と。蘇我赤兄の讒言は有間皇子を陥れるための策略だったのです。
有間皇子はただちに捕らえられ、斉明天皇の滞在している温泉地へと連行されて行きます。今回ご紹介した歌は、その時に詠まれたものです。
有間皇子が、謀反の疑いで逮捕され護送される途中、処刑を覚悟して自らを悼んで詠んだ挽歌です。
当時は、紐や草の葉、枝などを結んで願を掛けると叶うと信じられていました。生きて帰れればもう一度この松の枝を見られるかもしれない、とわずかな望みを託して詠んだのでしょう。
『なぞりがき万葉集』
この時、有間皇子は19歳という若さでした。未来を夢見た彼が、松の枝にわずかな望みを託した心持を思うと胸が痛みます。
『天上の虹』では、主人公の鸕野讚良（後の持統天皇）が幼い恋心を有馬皇子に向けているという設定なので、余計に悲しく感じました。鸕野讚良は中大兄皇子の皇女なので、初恋の人を父親が処刑したということになります。
有馬皇子は結婚することもなく、短い生涯を閉じました。
歌にある「岩代」は和歌山日高郡みなべ町に地名が残ります。
こちらの記事では、有馬皇子と並んで人気の大津皇子の辞世の句をご紹介しています。大津皇子謀反事件も『天上の虹』で印象的に描かれています。
有馬皇子の辞世の句をもう一首
里中満智子さんの『天上の虹』第1巻に、紀の国に護送される途中で、歌を詠む場面が描かれています。
（読み下し）
家にあれば 筍に盛る飯を 草枕
旅にしあれば 椎の葉に盛る
万葉集 巻2-142 有馬皇子
（現代語訳）
家にいるときはきちんと器に入れて食事をするのだが、旅路では葉にのせて食べるしかない。
和歌山県日高郡みなべ町の西岩代の海岸には、「結松の遺跡」や「有馬皇子結松記念碑」が建っているそうです。機会があれば、訪れてみたいと思っています。
有馬皇子の墓には、花がたくさん手向けられているのですね。人気のほどが伺えます。
長寿の象徴としても尊ばれる「マツ」
歌に詠まれている松の色にと、岩代の風景に合わせて、グリーンのインクを入れた「プレピー」でなぞりました。0.3 細字を使っています。
使用したなぞりがきの本
なぞりがき万葉集―いにしえの草花の歌 ユーキャン学び出版（2022/10/21）
本の内容はこちらの記事で詳しくご紹介しています。
なぞりがきに使用した万年筆
プラチナ万年筆 プレピー グリーン 細字
ガラスペンで愉しむなぞり書き
なぞり書きのまとめページを作りました。
流行りのガラスペンとインクを使いたいけれど、文字を書く習慣が無いし何に使ったらいいか分からないって思っていた私にとって、なぞり書きはぴったりなガラスペンとインクの楽しみ方です。
書写とは違い、なぞり書きはなぞることに集中できるのが気に入っています。
ガラスペンの他に万年筆やボールペンなどでもなぞり書きを愉しんでいます。
最後までお読み頂きありがとうございます。
