古墳を見て歩きながら、古代に想いを馳せるのが好きなみくるです。
奈良県桜井市には、纏向遺跡(まきむくいせき)や箸墓古墳(はしはかこふん)など、古代史ファンにはたまらないスポットが点在しています。
その中でも、安倍文殊院(あべもんじゅいん)のすぐ東にひっそりと佇む方墳があるのをご存じでしょうか。7世紀に築かれた古墳時代終末期の遺構で、巨大な家形石棺を秘めたその古墳は、いまだ多くの謎を残しています。
今回は、そんなロマンあふれる「艸墓古墳(くさはかこふん)」(別名:カラト古墳)をご紹介します。
【艸墓古墳】未発掘の巨大家形石棺石棺が語るもの
方墳としては規模の大きい27メートル級
「艸墓古墳(くさはかこふん)」は、奈良県桜井市谷の住宅街の中に残された古墳で、安陪文殊院の直ぐ近くにあります。

墳形は北西辺・南東辺がやや長い方形で、長辺約27メートル・短辺約21メートルを測るという、方墳として規模の大きな古墳です。
すぐ近くに住宅地が迫っていて、全体を収める写真が撮れませんでした。

宅地に囲まれた現在の姿からは想像しにくいですが、築造当時は阿部丘陵の中でもひときわ目立つ存在だったに違いありません。
背後から回ると墳丘の形が分かる場所がありました。

墳丘からの景観です。すぐ近くまで住宅地が迫っています。

この古墳が築かれた7世紀中頃は、飛鳥文化が花開き、古墳時代から律令国家へと移り変わる激動の時代。艸墓古墳は、まさに古墳時代の「ラストステージ」を物語る存在です。
国の史跡に指定されています。
艸墓古墳の巨大すぎる石棺と石室の謎
艸墓古墳の最大の見どころは、全長13.2メートルにも及ぶ横穴式石室と、その中に納められた巨大な家形石棺です。


竜山石を用いた刳抜式の家形石棺は、長さ2.4メートル・幅1.5メートル・高さ1メートル。蓋石には、縄掛突起を6個(前後1対・左右2対)も備え、堂々たる姿を今に残しています。
石室に置かれた状態の石棺を見るのは初めてなので興奮しました。

奥側に大きな盗掘口があり、石棺の中が覗けました。

不思議に思ったことがあります。石室の規模に比べて、この石棺が大きすぎるのです。
玄室いっぱいに置かれた石棺は、当初からこのサイズを想定して石室を築いたのか、それとも予定外に大きな石棺を運び込んだのか。古代の人々の選択に、歴史ファンなら誰しも思いを馳せずにはいられません。

現地案内板には、「石棺を安置したのち、石室を構築し墳丘を築いたかと考えられる」とありました。
石棺の材質が語る被葬者の力
艸墓古墳の家形石棺は、兵庫県加古川流域産の「竜山石(たつやまいし)」で作られています。
竜山石は硬質で加工が難しく、遠方から運ばねばならないため、扱えるのは当時の有力豪族に限られました。この石材選択は、単なる「石の種類」ではなく、被葬者の権威やネットワークの広さを象徴するものと考えられています。

橿原考古学研究所附属博物館の展示では、藤ノ木古墳や市尾山古墳、菖蒲池古墳などの家形石棺も並べ、材質の違いと分布図から各首長層の権力関係を読み解く工夫がされていました。

蘇我入鹿のお墓とも言われる、橿原市の「菖蒲池古墳(しょうぶいけこふん)」の家形石棺も竜山石製です。
艸墓古墳の竜山石製の家形石棺も、まさに大和の有力豪族の力を示す一例と言えるでしょう。
艸墓古墳の被葬者――未発掘のまま残るロマン
艸墓古墳は、これまで本格的な発掘調査が行われていません。そのため副葬品や被葬者については不明のまま。盗掘の痕跡はあるものの、石室の壁面には漆喰の痕が残るなど、当時の技術を今に伝える貴重な遺構として大切に保存されています。
「まだ解き明かされていない」という点こそ、古墳好きにとって最大の魅力。誰が眠っているのか、なぜここに築かれたのか――想像の余地が大きいからこそ、この古墳はロマンに満ちているのです。
艸墓古墳が「カラト古墳」と呼ばれる理由
艸墓古墳には「カラト古墳」という別名があります。一般的には、所在地の字名「カラト(唐戸)」に由来するとされ、地域の人々に親しまれてきたことを物語っています。
一方で、石棺の形が「唐櫃(からひつ)」に似ていることから、この名が付いたとする説も伝わっています。どちらの説も紹介しておくことで、古墳の呼び名に込められた地域と歴史のつながりを感じることができます。
艸墓古墳(くさはかこふん)へのアクセス
奈良県桜井市谷657
住宅地の細い道を抜けた先に開口部があります。

駐車場はありません。
艸墓古墳は安倍文殊院のすぐ近くに位置し、散策とあわせて訪れることができます。住宅街の一角にあり、石室内に入り、家形石棺を間近に見ることが可能です。
なお、安倍文殊院の境内には文殊院西古墳・文殊院東古墳も残っています。こちらは小規模ながら趣深い古墳で、別の記事で詳しくご紹介する予定ですので、あわせてチェックしてみてくださいね。
こちらの記事では、安倍文殊院をご紹介しています。
2024年のNHK大河ドラマ「光る君へ」で、ユースケ・サンタマリアさんが演じられて話題になった、安倍晴明にゆかりのあるお寺です。
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