美しく清められた境内に満ちる独特の空気感や、大木から感じる生命力を感じたくて、神社によくお詣りしているみくるです。
奈良県の天理市に鎮座する「石上神宮(いそのかみじんぐう)」は、古代ヤマト王権と深い関わりを持つ、日本最古の神社のひとつです。その境内を取り囲むように広がるのが、奈良県の天然記念物に指定された「石上神宮社叢(いそのかみじんぐうしゃそう)」が織りなす神秘的な森。
この記事では、この鬱蒼とした古代の森のパワーを感じる場所から、日本最古の道といわれる「山の辺の道(やまのべのみち)」へと踏み出します。

山の辺の道というと、南コース(桜井方面)が有名ですが、今回は人通りが少なく、より静寂な古道の趣が残る「山の辺道・北コース」に焦点を当て、その堂々たるスタート地点である石上神宮の魅力と合わせてご紹介します。
石上神宮社叢と山の辺の道
奈良県指定天然記念物「石上神宮社叢」
奈良県天理市に鎮座する石上神宮(いそのかみじんぐう)の境内地は、234,631平方米 (約71,100坪) の広さがあり、 最古の道といわれている 「山の辺の道(やまのべのみち)」 (東海自然歩道の一端)が通ります。

石上神宮社叢(いそのかみじんぐうしゃそう)は、奈良県天理市にある石上神宮(いそのかみじんぐう)の境内にある森のことです。

昭和42年に周辺地域を含めて 「歴史的風土石上神宮特別保存地区」 に、 また平成7年には境内地のうち約13万平方米が 「石上神宮社叢」 として奈良県の天然記念物に指定されました。

古くから神が鎮座する場所として木々が守られてきたため、鬱蒼とした神さびた(神聖で厳かな)自然の姿が残っています。
石上神宮は日本最古級の神社の一つであり、物部氏の総氏神として信仰されてきました。この森はその長い歴史とともに、神々が住まう地としての特別な雰囲気をたたえています。

社叢の深い森は、古代の布留(ふる)の地の静けさと相まって、強力なパワースポットとしても知られています。
コジイやイチイガシ等が自生している様相はこの地域の極相林の一端を示し、 加えてヒノキが融和している林相は『万葉集』に詠まれている 「桧原」 を検証する資料としても貴重です。
イチイガシの巨木
楼門前から東へ行く参道(奈良に至る山の辺の道)には、イチイガシの巨木が一本立っていて、 往時の植生をよく示しています。

樹高約25m、幹周り4.15m、樹令はおおよそ300年と言われています。
大イチョウ
イチョウは古くより世界各地に繁茂し、化石が発見されています。現生種は1種しかなく、「生きている化石」と呼ばれています。原生地は中国とされ、日本には仏教の伝来とともに渡来し、神社や寺に植えられました。

この大イチョウは、高さ約30m、幹周り3.26m。樹令は約300年と言われています。
黄葉のシーズンには、天理市内の各所から見ることができ、天理駅のJRのプラットホーム(2階)からも見えるそうです。タネの銀杏は、12月には撤饌として、社頭で分けられます。
末社 祓戸神社
イチイガシの巨木からさらに奥に進むと、紙垂がたらされて立入禁止と書かれた道があります。道の先までずっと紙垂が続いています。

この道の先には、石上神宮 末社 祓戸神社が鎮座します。
「祓戸神社(はらえどじんじゃ)」では、神道において「祓(はらえ)」を司る神様である祓戸大神(はらえどのおおかみ)をお祀りしています。
多くの神社では、参拝者が本殿にお参りする前に心身を清めるために、鳥居をくぐったすぐの場所や本殿の手前に祓戸社が設けられています。
石上神宮では、禊場(みそぎじょう)に鎮座されているため、普段は入ることは禁止されていますが、1年に1度の例祭が行われる6月23日に限り特別に許可されます。
鏡池とワタカ(奈良県指定天然記念物)
鏡池は、江戸時代の絵図から往古には「石上池」と呼ばれていたことが知られます。この池には、奈良県の天然記念物に指定されているワタカという魚が生息しています。

ワタカは我が国特産の鯉科の淡水産硬骨魚で、体は細長くてひらたく、頭は小さく眼は大きく、体色は背部が緑青色である他は銀白色です。別名を「馬魚」といいますが、その由来については次の様な伝説があります。
南北朝時代、後醍醐天皇が吉野に御潜幸になる途中、内山永久寺の萱御所に入御せられました。
その時、天皇のあとを追って赤松円心等の軍勢も当神宮の辺に到着し、軍馬がしきりに嘶きました。天皇の御乗馬がこれに応じて嘶こうとしたため、天皇の従者は円心等にさとられるのを憂い、御乗馬の首を斬って本堂前の池に投じました。その後、本堂池に草を食べる魚が住みつくようになり、人々はこれは御乗馬の首が魚になったのだと考え、「馬魚」と呼ぶようになったと伝えられています。

石上神宮の鏡池のワタカは、大正3年に内山永久寺跡の本堂池から移したもので、この時に東大寺中門前の鏡池にも移されています。
こちらの記事では、内山永久寺の歴史と、天理市杣之内町の内山永久寺跡についてご紹介しています。
鏡池の周囲には遊歩道が巡らされ、山の辺の道に繋がっています。

こちらの境内図は、石上神宮の御由緒書に掲載されているものです。

富岡鉄斎と石上神宮「巨匠が捧げた復興への情熱」
鏡池の遊歩道の途中に、「諸霊招魂碑(しょれいしょうこんひ)」と書かれた石碑が建っています。

9月秋分の日にこの石碑の前で、ここに鎮まる諸霊に対し、お祭りが行われます。
「諸霊招魂碑」の文字は、富岡鉄斎の筆によります。

鉄斎は明治時代に石上神宮の少宮司として奉職し、衰微していた神社の復興に尽力したという、大変興味深い歴史があります。
彼の石上神宮での活動や、境内に残されたその他の筆跡については、こちらの記事で詳しく解説しています。
鏡池のほとりの歌碑(句碑)
鏡池のほとりの遊歩道に歌碑(句碑)が建っています。


みじかかる ひとせと思へ 布留宮の
神杉のほの そらに遊べる
高 蘭子
高 蘭子さんは、「山の辺短歌会」を主催されている方でした。古代からの歌碑が建つ山の辺の道にある、数少ない存命の方の歌碑でしたが、2023年3月に老衰のためお亡くなりになりました。

石上神宮社叢の神秘的な杜と、苔むした歌碑。なんとも趣があり、これぞ山の辺の道といった光景です。

をとめらの 袖ふりし杜 神さびて
呼びとよむがに 老杉の声
吉田 宏
阿波野青畝夫妻の句碑

いそのかみ 古杉暗き おぼろかな
青畝
よろこびを 互いに語り 天高し
といと
阿波野青畝は、奈良県出身の俳人です。昭和初期に山口誓子、高野素十、水原秋桜子ととも「ホトトギスの四S」と称されました。俳句結社「かつらぎ」主宰。
阿波野青畝については、こちらの記事でご紹介しています。
出身地の奈良県高市郡高取町では、生家や長円寺の中庭といった町内随所に、5つの句碑が設けられています。
石上神宮の境内から山の辺の道へ
日本最古の道「山の辺の道」
「山の辺の道(やまのべのみち)」は、日本最古の道の一つと言われる、奈良盆地の東側、山々の麓を南北に縫うように続く古道です。
古代のロマンと万葉の世界を感じながらハイキングができる、奈良県でも特に人気の高いコースです。

道沿いには、記紀(古事記・日本書紀)や万葉集に登場する名所旧跡が数多く点在しています。

『日本書紀』の崇神天皇の条に「山辺道(やまのへのみち)」という記述が残されており、その存在は古代から確認されています。
コースは、比較的アップダウンが少なく歩きやすい道が多いですが、一部に地道(未舗装の道)や緩やかな坂道があります。

山の辺の道では、奈良県の色である「蘇芳色(すおういろ)」をした道標が道案内をしてくれるので、安心して歩けます。

一般的に「山の辺の道」と呼ばれるハイキングコースは、奈良県天理市から桜井市までの約16kmの区間を指しますが、石上神宮(奈良県天理市)をほぼ境として、北側と南側に大きく分けられ、それぞれ特徴が異なります。
- 山の辺の道(北)コース:南コースに比べて観光客が少なく、より静かで素朴な風景が残るコースです。石上神宮の境内から、影媛ゆかりの布留の高橋をわたり、青垣の山裾をたどって北へ向かいます。
- 山の辺の道(南)コース:最も「山の辺の道」らしい景観と、古代ロマンを感じられるハイライトコースです。石上神宮から大神神社までは、二上山や青垣の山々を眺めながら神話と伝説の世界に浸れます。
山の辺の道(北)コース
山の辺の道(北)コースは、石上神宮から影媛ゆかりの「布留の高橋(ふるのたかはし)」をわたり、青垣の山裾をたどって北へ向かうコースです。

影媛伝説のあとを追いながら歩くと、弘仁寺・正暦寺・円照寺など、山あいに隠れるように点在する清らかな寺々に出会えます。

天理から奈良へと続く山の辺の道(北)コースは、天理~桜井間の(南)コースにくらべて知名度も低く、訪れる人も少ないのですが、それだけにのどかな景観と俗化されていない、魅力的な史跡が残されているコースといえます。

石上神宮から弘仁寺(こうにんじ)までは、約6.5kmです。

こちらの記事では、「山の辺の道(北コース)」の最初のスポットである影姫ゆかりの「布留の高橋」をご紹介しています。
山の辺の道(南)コース
山の辺の道(南)コースは、年間を通して最も人が訪れるルートで、天理駅から東の石上神宮へ進み、南の桜井方面へと歩きます。
案内標識が充実しており、道が比較的よく整備されています。休憩所(天理市トレイルセンター)や地元の無人販売所などがあり、利便性が高いです。
竹之内や萱生の環濠集落、たくさんの古墳、大神神社、宮跡などがあり、古代国家誕生の息吹や万葉のロマンが感じられるコースでもあります。

こちらの記事では、夜都伎神社(よとぎじんじゃ)をご紹介しています。
沿道には今も、記紀・万葉集ゆかりの地名や伝説が残り、神さびた社や古寺、古墳などが次々に現れて、訪れるひとを古代ロマンの世界へといざないます。

中でも、石上神宮から大神神社までは、二上山や青垣の山々を眺めながら神話と伝説の世界に浸れる、山の辺の道のハイライトコースです。

初めて「山の辺の道」を歩かれる方には、見どころが豊富でハイキングしやすい南コースから歩き始めることをおすすめします。
石上神宮から大神神社まで、ゆっくり時間をかけて古代の風を感じてみてください。

境内から奈良盆地を一望する絶景スポットとしても知られる「檜原神社(ひばらじんじゃ)」へは、大神神社から山の辺の道を歩いて、20分ほどの距離です。
檜原神社の御由緒や、二上山を望む美しい景色については、こちらの記事で詳しくご紹介しています。
僧正遍照の歌碑
石上神宮の境内から「山の辺の道(南)コース」へ向かうと、僧正遍照の歌碑が建っていました。


さとはあれて 人はふりにし やどなれや
庭もまがきも 秋ののらなる
僧正遍照
歌碑にあるのは、『古今和歌集』巻第四、秋歌上に収録されている歌です。
遍昭は、桓武天皇の孫に当たり、時の帝に仕え要職にありましたが、出家して俗名宗貞を遍昭と名乗り、天理市布留町にあった良因寺の僧となって、この地で住居していました。
こちらの記事では、僧正遍照が僧となって居を構えていた「厳島神社(良因寺・石上寺)」をご紹介しています。
石上神宮へのアクセス
奈良県天理市布留町384
公共交通機関をご利用の場合
- 近鉄天理線、JR桜井線「天理駅」より徒歩30分
- 天理駅より 天理市コミュニティバス「いちょう号」(東部線)下山田系統
「石上神宮前」バス停下車、徒歩10分
お車をご利用の場合
- 名阪国道「天理東インター」から約5分
- 西名阪自動車道「天理インター」から約15分
4か所に無料駐車場があります。
詳しくは石上神宮の公式サイトをご覧ください。
こちらの記事では、石上神宮の見どころを神秘的な境内の写真と共にご紹介しています。
最後までお読み頂きありがとうございます。










