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【山の辺の道「奈良道」寄り道ガイド 古墳編③】形の違いが興味深い「五ツ塚古墳群」

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山の辺の道を石上神宮から奈良まで歩いているみくるです。

前回の記事では、朱塗りの鳥居が美しい「大川池塚古墳」をご紹介しました。

大川池」を後にし、次に向かったのは「五ツ塚古墳群(いつつづかこふんぐんです。

五ツ塚古墳群のアイキャッチ画像

円照寺がある山町の山裾を、のどかな田園風景を眺めながら6分ほど、距離にして400mほど歩いていくと、その古墳群は姿を現します。

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五ツ塚古墳群|横穴式石室が並ぶ山裾の聖域

水辺と朱色の鳥居を眺め、のどかな東の道へ

大川池の堤にある万葉歌碑を後にし、次なる目的地「五ツ塚古墳群」を目指して東へ歩を進めます。

山の辺の道「奈良道」を歩く(大川池から五ツ塚古墳群へ)

この道中がまた、とても素晴らしい景色なんです。 右手には、先ほどまでそのほとりにいた「大川池(竜王池)」の豊かな水面が広がり、左手には、山村御殿とも呼ばれる「円照寺」の入り口に建つ鮮やかな朱色の鳥居が、竹林を背に静かに佇んでいます。

山の辺の道「奈良道」を歩く(大川池から五ツ塚古墳群へ)

右に水辺、左に聖域の入り口。 二つの美しい景色に挟まれた道を、心地よい風を感じながら歩いていく……。これこそが、奈良道散策の贅沢な時間です。

鳥居を通り過ぎると、視界はさらに開け、のどかな田園風景が広がってきます。 大川池から歩いてわずか6分ほど。右手に見えていた池が途切れ、周囲の山並みが間近に迫ってくると、そこが「五ツ塚古墳群」の入り口です。

五ツ塚古墳群と案内板
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「円墳」だと思われていた「方墳」の発見

奈良市の指定文化財にもなっているこの古墳群。実は、平成6年度の発掘調査で新しい発見がありました。

五ツ塚古墳群の案内板

それまでは5基とも「円墳」だと思われていたのですが、調査の結果、谷側にある2基が「方墳」であることが判明したのです。

  • 1・3・5号墳(山側):円墳(6世紀後半)
  • 2・4号墳(谷側):方墳(7世紀前半)

山の斜面に沿って、アルファベットの「W」の字を描くように配置されているというのも、この古墳群のユニークな特徴です。

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山の斜面に並ぶ「W字」の配置を辿って

奈良市の調査で判明した「W字形」の配置。案内板を参考に、山裾に点在する5つの古墳をひとつずつ巡ってみました。

案内板のすぐ後ろにあるのが1号墳(円墳・6世紀後半)です。

五ツ塚古墳群・1号墳

2号墳(方墳・7世紀前半)
こちらは発掘調査で「方墳」だと判明した基のひとつ。1号墳よりも少し新しい時代のものだと思うと、形の変化が興味深いですね。

五ツ塚古墳群・2号墳

3号墳(円墳・6世紀後半)
かつては石室が開口していたという3号墳。今は静かに封鎖されていますが、山裾の風景に溶け込む姿には独特の美しさがあります。

五ツ塚古墳群・3号墳

4号墳(方墳・7世紀前半
2号墳と同じく、7世紀に入ってから造られた方墳です。

五ツ塚古墳群・4号墳

5号墳(円墳・6世紀後半)
円墳と方墳が混在するこのエリアは、当時の埋葬文化の変わり目だったのかもしれません。

五ツ塚古墳群・5号墳

こうして墳丘をひとつひとつ確認していくと、5基全てが円墳のように見えたので、発掘調査するまで分からなかったのも納得がいきました。

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封鎖された石室と、守られる静寂

案内板によると、埋葬施設は5基すべてが南に向かって開口する「横穴式石室」でした。かつては3・4号墳の石室が開口していたそうですが、現在は安全のためか、5基ともしっかりと封鎖されています。

石室の中を覗けないのは少し残念ですが、無理に暴かれることなく、今も古代の王たちが静かに守られている……そう思うと、この封鎖された姿にも敬虔な気持ちになります。

田園風景に溶け込む、山裾の安らぎ

石室の中は見られませんが、ここ五ツ塚古墳群の素晴らしさはその「景観」にあります。

五ツ塚古墳群と田園風景

広々とした田園が広がる風景と、山裾にひっそりと佇む墳丘。そのマッチングは、歩いてきた疲れをふっと忘れさせてくれるほど綺麗でした。

古墳時代の人々も、こののどかな景色を眺めながら、ここに大切な人を葬ることを決めたのかもしれません。華やかな大川池とはまた違う、素朴で心安らぐ寄り道となりました。

結び:山裾に刻まれた、一族の絆の形

5基の古墳をひとつずつ辿ってみて感じたのは、石室が封鎖されていてもなお伝わってくる、古代の人々の力強い息吹でした。

斜面に「W」を描くように並ぶ、円墳と方墳。 時代とともに形を変えながらも、同じこの山裾の風景を望む場所に眠り続けた人々は、一体どんな想いでこの景色を眺めていたのでしょうか。のどかな田園風景の中に溶け込む墳丘を眺めていると、1400年という時の流れが、ふっと短くなったような気がしました。

さて、案内板に記された古墳たちを巡った後は、少し道を戻って、山町の集落の中に鎮座する「御霊神社(ごりょうじんじゃ)」へと向かいます。

実はこの後、早良親王(崇道天皇)の御陵を訪ねる予定なのですが、この神社もまた、その歴史に深く関わりのある場所。 「八幡神(応神天皇)」と「御霊(崇道天皇)」が合体したような不思議な由緒を持つというこの社。

農村の風景の中に静かに佇むその姿を拝しに、一歩、歩みを進めてみたいと思います。

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五ツ塚古墳群へのアクセス

奈良県奈良市山町630

最後までお読み頂きありがとうございます。

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