景色を楽しみながら歌碑を訪ね歩き、いにしえの歌人の思いに触れるのが好きなみくるです。
先日から、歌碑めぐりをテーマに山の辺の道を歩いています。前回の記事では、奈良県桜井市三輪の大神神社の境内に建つ長屋王の歌碑をご紹介しました。
長屋王が三輪山の秋の黄葉の散るのを惜しんで詠んだこの歌は、観光パンフレット「山の辺の道」に掲載されている35番の歌碑のものでした。
長屋王の歌碑の隣に建っている倭建命の歌碑は30番です。
同じ木立の中にもう1基歌碑が建っているのですが、観光パンフレット「山の辺の道」には掲載されていませんでした。
なので今回は、その歌碑が掲載されている観光パンフレット「さくらい六街道巡り歩く」からご紹介させて頂きます。
さくらい六街道を巡り歩く~ひみこの里・記紀万葉のふるさと
さくらい六街道とは
桜井(さくらい)六街道は
- 山の辺の道
- 伊勢街道(初瀬街道)
- 多武峰街道
- 忍坂街道
- 磐余の道
- 大和長寿道
の六つの街道のことをいいます。
奈良県桜井市は、かつての古代ヤマト王権の中心地であり、そこかしこに万葉人の足跡が見える魅力あふれる地です。美しい自然と大いなる歴史文化、そして現代の「さくらいびと」が受け継ぎ振舞う美味なるものが散らばる六街道には多くの旅人たちが魅了されます。
六街道を巡り歩くと、国のまほろば桜井を肌で感じることができます。
こちらの記事では、それぞれの街道の特色と見どころをまとめてご紹介しています。
桜井の記紀万葉歌碑
記紀万葉とは
「記紀万葉」は、『古事記』『日本書紀』『万葉集』を指す言葉です。
『古事記』『日本書紀』『万葉集』はいずれも奈良時代に完成したとされ、当時の出来事を知るには欠かすことのできない文献です。
残念ながら3つとも原本は伝わっていませんが、後世の写本を経て、その内容については現代にまで伝えられています。
- 古事記(こじき) 日本最古の古典。現存するわが国最古の歴史書。神代の物語や、国の成り立ちにまつわる出来事を記した書物。「こじき」、あるいは、「ふることぶみ」と読みます。
- 日本書紀(にほんしょき) わが国最初の勅撰の史書とされます。神代から持統天皇11年(697年)までの出来事などが記されています。帝紀・旧辞、諸氏族の記録、寺院の縁起、中国の史書、百済の関係記録など当時の文献を幅広く参考にし、まとめられました。『日本書紀』には天武天皇が川嶋皇子・忍壁皇子ら12人に作成を命じたこと、『続日本紀』には720年に完成し、舎人親王によって奏上されたと記されています。
- 万葉集(まんようしゅう) 現存する日本最古の歌集で、20巻約4500首が収録されています。そのうち奈良の地名が詠み込まれた歌は約900首にも及びます。約100年間にわたり、天皇・貴族から兵士や農民などさまざまな身分の人が詠んだ歌が幅広く採られているのが特徴です。奈良時代の貴族である大伴家持が編纂に関わったと考えられており、最後の歌は759年に詠まれました。
『古事記』と『日本書紀』にも多くの和歌が掲載されており、『古事記』には113首もの和歌が含まれています。
こちらの記事では、『万葉集』の成り立ちと特徴について、歌と写真を交えながらご紹介しています。
日本最古の歌
日本で最初に作られたとされるのは、須佐之男命(スサノオノミコト)が詠んだ『古事記』にある歌です。
八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに
八重垣作る その八重垣を
(現代語訳)
何重にも重なりあう雲が立ち上る。ここ出雲に立ち上るのは八重垣のような雲だ。妻と住む宮にも八重垣を作っているよ。そう八重垣を。
この歌は、雲が幾重もの垣のように、国原を取り囲んでいることを讃嘆し、それを自分たちの結婚の祝福のしるしとして受け取っているというものです。
大神神社の境内にある倭建命の歌も『古事記』にある歌です。
桜井の記紀万葉歌碑
観光パンフレット「さくらい六街道巡り歩く」には、63基もの「桜井の記紀万葉歌碑」が掲載されています。
歌碑は、各エリアの「おすすめハイキングマップ」と「桜井市全域詳細マップ」に番号で示されているのですが、見つけられずに、ウロウロすることもあります。
歌碑が目立たずひっそりと佇んでいる理由が、素敵な文章で書かれているので、引用させて頂きます。
万葉ロマンの世界へ誘う…桜井の記紀万葉歌碑
桜井市の「記紀万葉歌碑」は、樹かげや草むらにさりげなく野仏のようにひっそりと佇むものが多い。それは、諸揮毫者の「歌碑必ずしも大なるをよしとせず」とする意向でもあり、碑大ならずとも、歌を得、処を得、人を得て、歴史の舞台を駆け抜けた万葉歌人の「こころ」を伝える遺産ととらえる桜井市の素志でもある。
六街道を巡りながら、記紀万葉歌碑を探して歩き、いくつ目にすることができるか楽しみも増えるはず。
観光パンフレット「さくらい六街道巡り歩く」
この文章を読んで、野仏のようにひっそりと佇むさまが、万葉人の日常と共にあった歌を記すのにぴったりだったのだと気づきました。
また、歌碑を探して注意深く歩くことで、見過ごしていた道標や石仏、小さな草花などに目を留めることもできたのでした。
大神神社境内に建つ3基の歌碑
大神神社の境内の宝物収蔵庫に向かつて左側の木立の中に3基の歌碑が建っています。
宝物収蔵庫は、境内マップ11番、祈祷殿の向かいにあります。
長屋王の歌碑
うま酒 三輪の祝の 山照らす
秋の黄葉 散らまく惜しも
万葉集 巻8-1517 長屋王
こちらの歌碑は、「桜井の記紀万葉歌碑」の49番にも掲載されています。
倭建命の歌碑
やまとは くにのまほろば
たたなづく 青がき
山ごもれる 大和し うるわし
古事記・中巻 倭建命(やまとたけるのみこと)
こちらの歌碑は、「桜井の記紀万葉歌碑」の53番にも掲載されています。
崇神天皇の歌碑
この神酒は わが神酒ならず 倭なす
大物主の醸みし神酒
幾久幾久
日本書紀 崇神天皇
こちらの歌碑は、観光パンフレット「山の辺の道」には掲載がなく、「さくらい六街道を巡り歩く」の「桜井の記紀万葉歌碑」の63番に掲載されています。
奈良県桜井市へのアクセス
桜井市の玄関口は隣接している「近鉄桜井駅」と「JR桜井駅」です。京都、大阪はもちろん、名古屋や東京からのアクセスも良好です。
- 京都から 大和八木駅乗り換え 急行で約1時間10分
- 大阪上本町から 快速急行で約40分
- 天王寺から 区間快速高田行き、高田駅乗り換え 約50分
- 名古屋から 大和八木駅乗り換え 特急で約2時間
詳しくは「桜井観光協会」さんのサイトをご覧ください。
最後までお読み頂きありがとうございます。