生まれも育ちも奈良県で、明日香が大好きなみくるです。
飛鳥の謎を巡る「謎の石造物シリーズ」。人気の「亀石(かめいし)」からスタートして、第5弾の前回は橘寺の境内にある「二面石(にめんせき)」をご紹介しました。
実は私、小学2年生の遠足で、飛鳥の石造物巡りをしたことがあるんです。その時、道端にひっくり返った巨大な箱のような「鬼の雪隠(せっちん)」を見て、子供ながらに「鬼のトイレ、大きいなぁ!」と驚いたのを今でもよく覚えています。
でも、そのセットであるはずの「鬼の俎(まないた)」については、不思議と記憶になかったんです。 大人になって改めてこの場所を訪ねてみると、そこには「坂の上と下」に引き裂かれた、ある巨大古墳の悲劇の物語がありました。
「鬼の俎・雪隠」旅人を食べた「鬼」の伝説と、驚きの正体に迫る!
坂道の途中に現れる「異世界」への入り口
「鬼の俎(まないた)・雪隠(せっちん)」があるのは、飛鳥駅から徒歩圏内、欽明天皇陵の北側の丘を登る坂道の途中です。

明日香村らしい、のどかな民家や田畑が広がる風景。そこをゆっくり歩いていると、整備された歩道のすぐ脇に、突如として巨大な石の塊が姿を現します。

「こんな道端に、なぜこんな巨大なものが?」

そんな違和感こそが、この場所の最大の魅力かもしれません。案内板に従って視線を上げると、坂のすぐ上の高台に「俎」があり、そのすぐ下の道路沿いに「雪隠」が転がっている……。
この「高低差」があるからこそ、後の「丘が崩れて転げ落ちた」という真実がよりリアルに感じられるんです。
鬼の伝説:霧の中に消えた旅人の恐怖
「鬼の俎・雪隠」を語る上で外せないのが、飛鳥の人々に代々語り継がれてきた、少し怖くてワクワクするような伝説です。
この周辺は、かつて「霧ヶ峰(きりがみね)」と呼ばれていました。 その名の通り、今でも急に深い霧が立ち込めることがあるのですが、昔の人々は、この霧を「鬼が操っているもの」だと信じていたのです。
- 霧の罠: 霧ヶ峰を通る旅人が、鬼が吐き出した深い霧に巻かれて道に迷ってしまいます。
- 鬼の食卓(俎):鬼は迷った旅人を捕まえ、高台にある「俎(まないた)」の上で料理しました。4.5メートルもある平らな岩面は、まさに巨人のまな板にぴったりだったのでしょう。
- 鬼の休息(雪隠): お腹いっぱいになった鬼は、坂の下にある「雪隠(せっちん)」用を足したといわれています。
「雪隠」とは、今でいうトイレのこと。 石の中が四角くくり抜かれている姿は、逆さまに転がったことで大きな「穴」が開いているように見えます。当時の人々は、その穴を見て「これは鬼のトイレの跡に違いない!」と想像を膨らませたのです。
小2の私が聞いたときは、ただただ「食べられちゃう!」と怖かったのを覚えています。でも今思えば、道端にこんな不自然な形の巨石が転がっていたら、何か「超自然的な力」のせいにしたくなる気持ちも分かりますよね。
この伝説は、危険な場所や神聖なお墓に子供たちが近づかないようにという「知恵」だったのかもしれませんが、霧の中でこの巨石を前にすると、今でもどこかで鬼がこちらを覗いているような、そんな不思議な気配を感じてしまいます。
インパクト抜群!逆さまの「雪隠」と高台の「俎」
パッと見て目を引くのは、道路沿いにある「鬼の雪隠」です。

高さ約1.5メートル、幅は約2.4メートル。巨大な岩の中が四角くくり抜かれ、ゴロンと逆さまに転がっています。この「ひっくり返って中が丸見えになった姿」が、当時の汲み取り式トイレに見えたのでしょう。

一方、すぐ横の階段を上がった高台にあるのが「鬼の俎」。

長さ約4.5メートル、厚さ約1メートルの平らな巨石です。

私が子供の頃に記憶になかったのは、「鬼の雪隠」のインパクトが強かったからかもしれません。
正体は「究極のパズル」で作られた巨大石室
現在では、これらは鬼の道具ではなく、7世紀前半に造られた巨大な古墳の石室(横穴式石槨)のパーツであることが分かっています。

- 俎(まないた): 石室の「底石(床)」の部分
- 雪隠(せっちん): 石室の「蓋石(天井)」の部分

驚くべきは、その加工技術です。俎の四隅には、雪隠(蓋)をガッチリとはめ込むためのL字型の溝や突起が精密に掘られています。

まるで現代のプレハブ建築のように、巨大な石同士をパズルのように組み合わせていたのです。
なぜバラバラに?「自然の猛威」と「人の業(ごう)」
石舞台古墳が1400年以上もその姿を保っている一方で、なぜ「鬼の俎・雪隠」だけがこれほど無残にバラバラになってしまったのでしょうか。そこには二つの大きな要因が考えられています。
巨大すぎるがゆえの悲劇:自然崩落説
この石室はもともと、現在「俎」がある高台のさらに上に築かれていました。しかし、この付近の地盤は比較的脆く、長い年月の間の地震や豪雨によって、古墳を覆っていた土が流出してしまったのです。

支えを失った巨大な蓋(雪隠)は、自らの重みに耐えきれず、坂の下へとゴロゴロと転げ落ちてしまいました。その際、勢い余って「裏返し」になってしまったことが、後に「穴の開いたトイレ(雪隠)」に見えてしまうという皮肉な結果を生んだのです。
歴史の闇に消えた「石抜き」の形跡:人為的破壊説
実は、単に落ちただけではないという説も有力です。石の表面や端をよく観察すると、石を割るための道具を入れた「矢穴(やあな)」の跡が見つかっています。
平安時代や江戸時代、これほど見事に加工された石材は、お寺の基礎や城の石垣として「絶好のターゲット」でした。つまり、誰かがこの巨石を再利用しようとバラバラに解体しようとした形跡があるのです。
「あまりに重すぎて、途中で諦めて放置された」……そんな、人間の身勝手な歴史の跡だと思うと、道端に転がる姿が少し寂しげに見えてきませんか?
宮内庁の「治定」と、考古学が追う「真実」
この場所は、明治14年に宮内庁によって「欽明天皇陵 陪冢(ばいちょう)」として正式に指定されました。天皇のすぐ近くに葬られるべき、非常に身分の高い人物の墓所として認められたのです。
しかし、近年の考古学的な調査では、さらに踏み込んだ説が語られています。それが「斉明天皇の初葬墓(しょそうぼ)」説です。
- 初葬墓とは: 天皇が亡くなった際、最終的な陵墓(本葬)が完成するまでの間、一時的に安置されるお墓のことです。
- なぜ斉明天皇なのか: 「二面石(にめんせき)」の時にもお話しした通り、斉明天皇は「石の建築」に強い執着を持った女帝でした。この「鬼の俎・雪隠」に見られる精巧な加工技術や、明日香村内では採れない特別な石材の使用は、彼女の時代の特徴とピタリと一致するのです。
もしここが、彼女と孫の建王(たけるのみこ)を一時的に祀った場所だったとしたら……。
計画倒れに終わったのか、あるいは後に別の場所へ移された(改葬された)のか。壊された石室の欠片は、今も無言で飛鳥の激動の時代を伝えています。
【みくるの視点】天皇陵を巡って気づいた、この場所の「異例さ」
当サイト「みくるの森」を始める前、私は各地の天皇陵を巡っていた時期がありました。その時、ここ「鬼の俎・雪隠」で感じた驚きを今でも鮮明に覚えています。
普通、宮内庁が管理する「陵墓」や「陪冢(ばいちょう)」といえば、高い柵や鳥居の向こう側にあって、中の様子など伺い知ることはできません。でも、ここには高台の「俎」のすぐ横に、「立入禁止 宮内庁」と書かれた立札がぽつんと立っているだけ。
「宮内庁が管理するお墓の内部(石室)を、こんなに間近に、剥き出しの形で見られる場所って他にないんじゃないかな?」
宮内庁により治定されている欽明天皇陵の陪冢には、他にも「吉備姫王墓(猿石がある場所)」や、石舞台古墳に次ぐ巨石があるといわれる「カナヅカ古墳」などがありますが、いずれも厳重に管理され、調査もされていません。
そんな「開かずの扉」が多い中で、ここだけがなぜかバラバラに壊れた姿を私たちの前にさらしている……。坂の上から下の「雪隠」を見下ろしたとき、「本当にこんな巨石があそこから転がってきたの?」という不思議な感覚とともに、調査が許されない聖域ならではの、深すぎる謎に触れた気がしました。
未完の夢:益田岩船との驚くべき共通点
実は、この「鬼の俎・雪隠」を語る上で避けて通れない、ある「兄弟」のような石造物が存在します。それが、番外編でご紹介予定の巨大石造物「益田岩船(ますだのいわふね)」です。

なぜこの二つがセットで語られるのか、そこには驚くほど共通した「石工たちのこだわり」が見て取れます。
- 石材のこだわり:どちらも「石英閃緑岩(せきえいせんりょくがん)」という、非常に硬くて加工が難しい石が使われています。明日香村内では採れないこの石を、わざわざ遠くから運び込み、鉄の道具を使って驚くほど精密に削り上げているのです。
- 同じ設計図の影:益田岩船の上面にある二つの四角い穴や、周囲に彫られた溝の形。これらは「鬼の俎・雪隠」が本来持っていたはずの、石室を組み合わせるための「ホゾ穴」や「導水溝」の技術と酷似しています。
- 「未完成」という共通の悲劇:最新の研究では、この二つは同じ斉明朝の石工集団によって、同時期に造り始められた「未完成の墓」ではないかと考えられています。 益田岩船は岩に亀裂が入ったため、そして鬼の俎・雪隠は丘が崩落した(あるいは計画が中断された)ために放置された……。
完璧な形で残らなかったからこそ、私たちは今、本来ならお墓の中に隠れて見えなくなるはずだった「古代の設計図(加工の跡)」を間近で見ることができる。そう思うと、バラバラになった姿も、なんだか愛おしく感じてきませんか?
まとめ:時代を超えて語り継がれる飛鳥の心
かつては貴人の眠る「聖域」として。 ある時は旅人を怖がらせる「鬼の伝説」として。 そして今は、古代の超絶技術を伝える「歴史の証人」として。
40年前に私が見た「鬼のトイレ」は、実は長い時間をかけて姿を変えてきた飛鳥の物語そのものでした。現在は立ち入り禁止で柵の外から見守る形になっていますが、あの坂道で雪隠を見上げるとき、皆さんもぜひ「ひっくり返る前の姿」を想像してみてくださいね。
飛鳥の謎を巡る!「謎の石造物シリーズ」
明日香村に点在する、不思議な石造物たち。 一つひとつに、古代人の祈りや驚きの伝説が隠されています。 みくると一緒に、飛鳥のミステリーをコンプリートしてみませんか?
- 第1回:「亀石(かめいし)」
- 飛鳥を代表する人気者!その背後に隠された「斉明天皇」の影とは?
- 第2回:「猿石(さるいし)」
- 吉備姫王墓に佇む4体の異形。飛鳥資料館の「裏の顔」も必見!
- 第3回:「マラ石(まらいし)」
- 祝戸の里に鎮座する、生命力と結界の象徴。
- 第4回:「石舞台古墳(いしぶたいこふん)」
- 教科書でおなじみの巨石。でも、なぜ「舞台」と呼ばれているの?
- 第5回:「二面石(にめんせき)」
- 橘寺の境内に佇む「善」と「悪」。その表情は、斉明天皇が描いた「水の都」の残像か?
- 第6回:「鬼の俎(まないた)・雪隠(せっちん)」(今ここ!)
- 坂道に突如現れる巨大な石。旅人を食べた「鬼」の伝説と、驚きの正体に迫る!
- 第7回:「酒船石(さかふねいし)」(次回の記事)
- 竹藪の中に横たわる、謎の幾何学模様。それは古の酒造りか、それとも高度な「水」の儀式か?
鬼の俎・雪隠へのアクセス
奈良県高市郡明日香村野口
近鉄 飛鳥駅より徒歩10分
駐車場はありません。
最後までお読み頂きありがとうございます。

