古墳巡りを通じて古代史に興味を持ったみくるです。
美しい古墳を見て歩いているうちに、古墳が多く作られた時代のこと、被葬者とされる人のことなどを知りたくなったのでした。
今回は極彩色の「飛鳥美人の壁画」でよく知られる「高松塚古墳」をご紹介します。
【飛鳥美人の壁画】で知られる美しい円墳【高松塚古墳】
「高松塚古墳」は奈良県明日香村の「国営飛鳥歴史公園 高松塚周辺地区」の東に位置する古墳です。
石室の女子群像の壁画が有名で、「飛鳥美人」の名前で知られています。
「飛鳥美人」に代表される極彩色の壁画は、国宝に指定されています。 この壁画によって、当時の女官の衣装などがわかり、万葉女流歌人であった額田王のイメージすることができます。 1972年に発掘調査が始まり、その年の3月には鮮やかな彩色の残った壁画が発見されました。考古学史上最大の発見として、当時のトップニュースに。
高松塚古墳壁画 | 日本国創成のとき〜飛鳥を翔た女性たち〜 | 飛鳥女史紀行 (asuka-japan-heritage.jp)
7世紀末から8世紀初頭にかけて築造された終末期古墳で、直径23m(下段)及び18m(上段)、高さ5mの二段式の円墳です。
被葬者は特定されておらず、次の3つの主な説があります。
- 天武天皇の皇子説 高市皇子・弓削皇子・忍壁皇子など
- 高位高官の貴族説 阿部御主人・石上麻呂など
- 朝鮮半島系王族説
昭和47年(1972年)にはじめて極彩色壁画が発見され、大きな話題となりました。
東壁には手前から男子群像、四神のうちの青龍とその上の太陽、女子群像が描かれ、西壁にはこれと対称的に、手前から男子群像、四神のうちの白虎とその上の月、女子群像が描かれています。
壁画の生物被害が進行したため、石郭はいったん解体して搬出され、令和元年度まで修復が行われていました。
現在は、国営飛鳥歴史公園内の「文化庁保存修理施設」で保存管理されていて、年に数回一般公開されます。
壁画は国宝に指定されています。
現在の高松塚古墳は、発掘調査の成果などをもとに、築造当時の姿に復元されたものです。
高松塚古墳と星宿の広場
高松塚古墳の前は、石室の天上に描かれている星宿(星座)をモチーフとした広場になっています。
自然の石を配置して星宿の一部が表現されています。
古代中国では、天の北極を中心として規則正しく動く星空を、天帝を中心とした1つの国家と考えました。
星宿の中心には古代中国で天帝の住むところとされていた「紫微垣」が描かれています。北極星を中心とした沈むことのない星座群です。
夜、星宿の広場から高松塚古墳の北の上空を見上げると、北極星を中心に回るいろいろな星座を飛鳥時代の人と同じように見ることができるでしょう。
星宿の広場の説明板
このように素晴らしい日周運動が観測できるそうです。
高松塚古墳壁画館
高松塚古墳に隣接する「高松塚古墳壁画館」では
- 現状模写 壁画発見当時の精密な壁画模写
- 一部復元模写 剥落や汚れを加減した模写
- 再現模造模写 凝灰岩に漆喰を塗り再現した模写
- 石槨模型 棺を納めていた石槨を復元した模型
- 副葬品レプリカ 副葬されていた太刀装飾金具、木棺金具、海獣葡萄鏡など
を展示して、高松塚古墳の全貌がわかりやすく紹介されています。
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:12月29日~翌1月3日及び4、7、11、2月の第2月曜日(祝日の場合は翌平日)
詳しくは、壁画館を運営されている「古都飛鳥保存財団」さんのページをご覧ください。
高松塚古墳へのアクセス
奈良県高市郡明日香村平田
公共交通機関をご利用の場合
近鉄飛鳥駅から徒歩14分 又はバス停「高松塚」下車
お車をご利用の場合
「国営飛鳥歴史公園高松塚周辺地区」の駐車場(無料)を利用されると便利です。
駐車場は道路を挟んで2か所あります。
近くのおすめスポット
高松塚古墳から北に200mのところに「中尾山古墳」があります。
文武天皇の檜隈安古岡上陵ではないかと早くから注目を集めてきた古墳です。
「高松塚周辺地区」を遊歩道を通ってぐるっと散策できるようになっています。
遊歩道の途中に紅葉の美しい展望広場もありました。
国営飛鳥歴史公園
こちらの記事では、国営飛鳥歴史公園の見どころをまとめてご紹介しています。魅力あふれる飛鳥の周遊にお役立て頂けたら幸いです。
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