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【山の辺の道「奈良道」寄り道ガイド 番外編】円照寺 表参道|聖域を守る「保健保安林」と、母を想う祈りから生まれた華道の物語

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山の辺の道を天理から奈良へと歩を進めているみくるです。

前回の記事では、赤い鳥居に導かれ、最新式の鉄製甲冑が眠る地域最大の前方後円墳「ベンショ塚古墳」の知られざる正体を紐解きました。

さて、今回ご紹介するのは、そのすぐ近くにある尼門跡寺院「円照寺(山村御殿)」へと続く、美しい表参道です。

バス通りに面した「圓照寺」バス停のすぐ目の前に入り口があり、アクセスはとても便利。ですが、ここからが本当の「山村御殿」への旅の始まりです。 入り口から山門(表門)までは、およそ550メートル、徒歩で約7分

日常の喧騒が流れるバス通りを背に、まっすぐに伸びる長い坂道を一歩ずつ登るごとに、空気の質が清浄に変わっていくのを感じます。

今回は、この美しい表参道を山門まで歩いた時の写真とともに、そこに秘められた江戸初期の切なくも気高い物語を紐解いていきたいと思います。

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円照寺の表参道を歩きながら山村御流のルーツに触れる

保健保安林:心身を癒やす「特別な森」のバリア

円照寺(えんしょうじ)」の表参道の入り口でまず目に飛び込んできたのは、「円照寺保健保安林」と記された案内図です。

円照寺の表参道の入り口

保健保安林」とは、豊かな自然を守るだけでなく、訪れる人々の心身の健康に寄与するために指定された特別な森林のこと。一歩踏み入れると、騒音から隔絶された圧倒的な静けさが広がります。

「円照寺保健保安林」案内図

尼門跡寺院としての修行の場を守るため、そして「山村御殿」の尊厳を保つため。

この深い緑のバリアが、何百年もの間、聖域を優しく、かつ厳格に包み込んできたのだと肌で感じることができました。

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沿革と「およつ御寮人事件」:大河ドラマと繋がる瞬間

案内板の「沿革」に目を向けると、そこには江戸時代初期の激動のドラマが刻まれていました。

開山は、後水尾天皇の第一皇女・文智(ぶんち)女王。彼女がこの地を選んだ背景には、母である与津子(およつ)さんを襲った非情な事件「およつ御寮人事件」がありました。

円照寺の表参道

ここで私の脳裏に浮かんだのが、大河ドラマ『どうする家康』で森崎ウィンさんが熱演された二代将軍・徳川秀忠の姿です。 幕府の権力を盤石にするため、将軍の娘・和子(まさこ)の入内を強行し、その障害となった与津子さんを宮中から追放した秀忠。

ドラマで見たあの「徳川の圧倒的な力」が、この美しい参道のルーツに影を落としている事実に、歴史の点と線が繋がるのを感じずにはいられませんでした。

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源氏物語と重なる影:江戸の「朧月夜」の面影

この悲劇を読み解いていると、私の愛読する『源氏物語』のある女性の姿が重なりました。

本来、朱雀帝の正妃として入内するはずだった朧月夜(おぼろづきよ)。しかし、光源氏との恋が発覚したことで権力者の怒りを買い、中宮への道を断たれてしまいます。

「およつ御寮人」こと明鏡院もまた、政治という抗えない力によって愛する人から引き離され、居場所を失った「江戸の朧月夜」だったのかもしれません。

円照寺の表参道

フィクションの雅な世界とは違い、現実の歴史の中でその運命を背負った母の姿を、娘である文智女王はどのような想いで見つめていたのでしょうか。

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参道に佇む万葉の記憶

550メートルの参道を山門へと向かう途中、以前の記事でもご紹介した「元正天皇と舎人親王の歌碑」が、静かに私たちを見守るように建っています。

円照寺の表参道にある元正天皇の歌碑
元正天皇の歌碑

この参道は、単に「円照寺への道」であるだけでなく、古代の王族たちが往来した「奈良道」の一部でもあります。

円照寺の表参道にある舎人親王の歌碑
舎人親王の歌碑

江戸初期の悲劇に翻弄された与津子さんや文智女王の物語に思いを馳せていると、ふと現れる万葉の歌。 時代は違えど、この大和の空の下で懸命に生きた人々の祈りが、地層のように重なっている……。

そんな歴史の厚みを感じながら歩く一歩一歩は、まさに贅沢なタイムトラベルのようです。

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華道の起因:母へ手向けた「野の花」の祈り

22歳で出家した文智女王は、亡き母の菩提を弔うため、毎年「奉花会(ほうかえ)」を行われました。 これが、円照寺を家元とする華道「山村御流」の始まりです。

円照寺の表参道

きらびやかな宮中の装飾ではなく、孤独の中にいた母を慰めるために、野に咲くありのままの草花を摘んで供え続けた女王。 「花は野にあるように」というその精神は、権力争いに翻弄された一族の、静かな、けれど気高い祈りの形そのものだったのです。

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結び:聖域と古道の交差点、そして「向山地蔵」へ

案内板に刻まれた重厚な歴史を胸に、私は真っ直ぐに伸びる表参道をさらに登り、円照寺の入り口となる「黒門(くろもん)」をくぐりました。

円照寺の表参道と黒門

そこからさらに続く参道。一歩ごとに深まる静寂の中に現れたのは、息をのむほど格式高い「山門」の姿でした。

円照寺の表参道と山門

代々皇族が住職を務めてきた「山村御殿」の品格を象徴するかのような、凛とした佇まい。門の先にある見えない御殿の気配を感じながら、私はこの場所を守り抜いてきた文智女王の祈りに、静かに思いを馳せました。

円照寺の山門

この聖域の最深部で心を整えた後、私は再び黒門の方へと引き返しました。 黒門のすぐ手前には、右手に折れる細い道が続いています。

円照寺から竹林の小径へ

この道こそが、以前私が天理方面から歩いてきた、あの美しい「竹林の小径」へと続くルート。奈良方面から「山の辺の道」を南下してくる旅人は、この山門の放つ気高さを背中に感じながら、天理の「石上神宮(いそのかみじんぐう)」まで続く長い古道の旅を歩むことになるのです。

竹林の小径

私はここで参道を離れ、反対の北(左)へと折れるルートを取りました。

円照寺から山の辺の道へ

一歩踏み出すと、そこはさらに深い森の入り口。木々の間から差し込む柔らかな光の中に、優しく旅人を見守るお地蔵さまの姿がありました。

円照寺から山の辺の道へ

次にご紹介するのは、この分岐点のすぐ先で出会った、心温まる「向山地蔵(むかいやまじぞう)」の物語です。

大和の歴史が織りなす「奈良道」の旅は、いよいよその核心へと迫ります。 古道が語り継ぐ物語は、まだまだ続きます。

天理方面から「竹林の小径」を抜けて訪ねた円照寺の記憶

実は、私がこの円照寺を訪れるのは、今回が初めてではありません。

以前、天理方面から「山の辺の道」北コースを歩いた際、ドラマチックな「竹林の小径」を抜けて、今回ご紹介した山門(黒門)の手前へと辿り着いたことがありました。

円照寺へ続く竹林の小径の入り口にある鳥居

同じ円照寺であっても、南から竹林を抜けて出会う静寂と、今回のようにバス停から550メートルの表参道を一歩ずつ登って出会う静寂では、また違った表情を見せてくれます。

天理方面から続く古道の旅、そして元正天皇の歌碑に込められたさらなる物語については、ぜひこちらの記事もあわせてご覧ください。

円照寺へのアクセス

奈良県奈良市山町1312

近鉄奈良駅やJR奈良駅からバスを利用するのが一般的です。
駐車場はありません。

公共交通機関(バス)でのアクセス

  • 最寄りバス停: 「圓照寺(えんしょうじ)」
  • 乗車場所: JR奈良駅または近鉄奈良駅から、奈良交通バス(山村町行き)に乗車します。
  • 所要時間: 駅からバスで約20分〜30分、バス停下車後、参道を徒歩で約10分ほど進むと山門に到着します。
 「圓照寺」のバス停

ハイカーの方(山の辺の道)

  • 帯解(おびとけ)駅から: 徒歩で約25分ほどです。
  • 天理方面から:「 山の辺の道」北コースを北上し、今回ご紹介した「大川池」や「竹林の小径」を経て到着します。

※円照寺は通常、境内・建物内は非公開ですが、山門の前までは参拝・見学が可能です。静かな修行の場ですので、マナーを守って訪問しましょう。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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