生まれも育ちも奈良県で、明日香が大好きなみくるです。
飛鳥の謎を巡る「謎の石造物シリーズ」。人気の「亀石(かめいし)」からスタートして、第6弾の前回は、坂道に突如現れる巨大な石の石室「鬼の俎(まないた)・雪隠(せっちん)」をご紹介しました。
今回ご紹介するのは、私が飛鳥の中でも特に「ハイテクな美しさ」を感じる「酒船石(さかふねいし)」です。
「奈良県立万葉文化館」のすぐ近く、住宅街の端にある小さな入り口から竹藪の階段を登っていくと、それまでののどかな風景とは一線を画す、あまりに異質な巨石が姿を現します。
静寂の竹藪に横たわる、緻密な幾何学模様
「酒船石」の全貌:それは古代の精密な設計図
「酒船石(さかふねいし)」は、小高い丘の上にある花崗岩の石造物で、高さ約5.5メートル、幅約2.3メートルもある大きなものです。

平らな巨石の表面には、円形のくぼみと、それらを繋ぐ直線的な溝が驚くほど精密に刻まれています。

かつては「お酒を造る道具」や「薬を練る台」と考えられ、その名がついたといわれていますが、実際に目の前に立つと、そんな実用的な道具というよりは、何か高度な「儀式の装置」や「設計図」のような、神聖なオーラを感じます。

写真で見るよりも、溝の彫りが深くてシャープです。

1400年も風雨にさらされているはずなのに、そのエッジが今も生きている。ここに来るたびに「一体誰が、何のために?」という問いが頭を駆け巡ります。
【考察】消えた欠片の行方――酒船石を「割った」のは誰か?
現地の案内板には、気になる一文が記されています。
北側及び南側の一部は欠損しており、近世にどこかへ運び出されたものと考えられ、石割りの工具跡がのこっている。

実はこの酒船石、私たちが今見ている姿は「完全体」ではありません。誰かが石を割るための工具を打ち込み、一部を切り取って持ち去った形跡があるのです。

どこへ運ばれたのか? 高取城の石垣の一部になったのか、あるいは大和郡山城の礎石になったのか……。飛鳥周辺では、古墳の石材が後の時代の築城に転用された例は枚挙にいとまがありません。
でも、不思議なのは「切り取られた欠片」がどこからも見つかっていないことです。 あの緻密な溝が刻まれた特徴的な石の一部です。もしどこかの石垣に紛れ込んでいたら、いつか誰かが気づくはず。
みくるの独り言「もしかしたら、どこかのお寺の庭園で、それとは知られず美しい装飾として眠っているのかもしれない。あるいは、あまりに立派な石だったので、運び出す途中でどこかに埋もれてしまったのかも……。」
消えたパーツがあるということは、かつての酒船石は今よりももっと大きく、さらに複雑な幾何学模様を描いていたはずです。見つかっていない「欠片」に思いを馳せると、この石がたどった数奇な運命に、胸が締め付けられるようなロマンを感じてしまいます。
女帝の執念:天理砂岩で築かれた「人工の丘」
酒船石が乗っているこの丘、実は自然のままの姿ではありません。近年の調査で、丘そのものが延々700メートルにわたって改造された「人工の丘」であることが分かりました。
ここで、私が以前天理市の「石上大塚古墳」へ向かう途中で出会った「ある光景」が繋がりました。 道中にあった「狂心の渠(たぶれごころのみぞ)」の説明板と、その足元にあった「天理砂岩(石上豊田山の砂岩)」です。

『日本書紀』には、斉明天皇が船で石を運び、山を築かせた記録があります。当時の人々は、この過酷な工事を「狂った心の溝」と皮肉りましたが、実際にこの丘からは、わざわざ天理から運ばれた赤みがかった砂岩の切石が大量に見つかっています。

さらに、調査では石垣の「倒壊と修復の跡」も発見されました。『日本書紀』にある「積むたびに崩れた」という記述や、後の巨大地震(白鳳南海地震)の被害とピタリと一致するのです。崩れてもなお石を積み、丘をデザインし直した斉明天皇の圧倒的なエネルギーに、ただただ圧倒されます。
2000年の大発見!「点」が「線」に繋がった酒船石遺跡
長年、この石は竹藪の中に「ポツン」と置かれた、出所不明の謎の石だと思われてきました。ところが、平成4年(1992年)から始まった本格的な調査によって、歴史を覆す大発見がありました。それが「酒船石遺跡」です。


『日本書紀』の記述が「真実」に変わった瞬間
長年、多くの歴史ファンや研究者を驚かせてきたのが、『日本書紀』にある斉明天皇の不可解な工事の記録です。
「宮に東の山に石を累ねて垣とす」
「石の山丘を作る」
以前は、これらは単なる誇張や、あるいは別の何かを指していると思われていました。しかし、平成4年からの発掘調査によって、酒船石を頂点とする丘の周囲を、数段にわたる精巧な石垣がぐるりと取り巻いていることが判明したのです。

まさに、記録通りの「石の山」がそこにあった……。
丘の上から麓へ、壮大な「水の聖域」
さらに丘の麓からは、砂岩の石垣に囲まれた「亀形石造物」も見つかりました。これにより、酒船石は単独の石ではなく、丘の上から下まで続く、壮大な「水の宮殿(祭祀施設)」の最上部だったことが判明したのです。
文字の中にしかなかった1400年前の光景が、目の前の石垣として現れる。
発掘が進むにつれて謎が「裏付け」へと変わっていくプロセスを知ると、言葉にできないほどの感動を覚えます。批判を浴びてまでこの巨大プロジェクトを強行した斉明天皇の、圧倒的なエネルギーが時を超えて伝わってくるようです。
飛鳥資料館で見た「動く酒船石」にワクワク!
丘の上にある本物の酒船石は今は静かに横たわっていますが、その「躍動していた頃」の姿を見られる場所があります。それが飛鳥資料館の庭園です。

ここの庭園には酒船石の精巧な復元品があり、実際に水が流れる様子が再現されています。

- 水の動き: 溝を伝って水がくぼみに溜まり、さらに先へと溢れ出していく。
- 全体の繋がり: 丘の上の「酒船石」から、麓の「亀形石造物」へと水が受け渡される一連の流れ。

これを見た瞬間、「あぁ、飛鳥は本当に『水の都』だったんだ!」と、パズルが解けたような快感がありました。当時の王たちは、この水の動きを見せつけることで、その強大な権威を演出していたのかもしれません。
飛鳥を彩る「石と水のテクノロジー」
資料館の庭園には、他にも噴水だったとされる「須弥山石(しゅみせんせき)」の復元品なども展示されています。

これらはすべて、あの「石の女帝」斉明天皇の時代に造られたもの。 彼女が巨額の予算と労働力を投じて築こうとしたのは、石と水が織りなす、世界でも類を見ないほど美しい「水の祭祀場」だったのではないでしょうか。
まとめ:竹藪の静寂が語る、1400年前の「真実」
現在、酒船石の周りは静かな竹藪に囲まれています。かつての喧騒や水の音は聞こえませんが、だからこそ、刻まれた溝の一本一本に込められた古代人の情熱が、よりダイレクトに伝わってくる気がします。
長年、物語の中だけの存在だと思われていた『日本書紀』の記述が、発掘調査によって目の前の「石垣」や「遺跡」として姿を現したときの衝撃。それは、私たちが今立っているこの地面の下に、間違いなく「水の都・飛鳥」が存在していたという力強いメッセージでもあります。
本物の石が放つミステリアスな「静」の魅力。 そして、資料館の再現で見ることができる、生命力あふれる「動」の驚き。
この両方を体験することで、酒船石はただの石造物ではなく、斉明天皇が描き、現代の私たちが掘り起こした「未完の夢」そのものなのだと気づかされます。
皆さんもぜひ、竹藪の階段を登って、1400年前のハイテク装置が放つ不思議なエネルギーを感じてみてくださいね。
飛鳥の謎を巡る!「謎の石造物シリーズ」
明日香村に点在する、不思議な石造物たち。 一つひとつに、古代人の祈りや驚きの伝説が隠されています。 みくると一緒に、飛鳥のミステリーをコンプリートしてみませんか?
- 第1回:「亀石(かめいし)」
- 飛鳥を代表する人気者!その背後に隠された「斉明天皇」の影とは?
- 第2回:「猿石(さるいし)」
- 吉備姫王墓に佇む4体の異形。飛鳥資料館の「裏の顔」も必見!
- 第3回:「マラ石(まらいし)」
- 祝戸の里に鎮座する、生命力と結界の象徴。
- 第4回:「石舞台古墳(いしぶたいこふん)」
- 教科書でおなじみの巨石。でも、なぜ「舞台」と呼ばれているの?
- 第5回:「二面石(にめんせき)」
- 橘寺の境内に佇む「善」と「悪」。その表情は、斉明天皇が描いた「水の都」の残像か?
- 第6回:「鬼の俎(まないた)・雪隠(せっちん)」
- 坂道に突如現れる巨大な石。旅人を食べた「鬼」の伝説と、驚きの正体に迫る!
- 第7回:「酒船石(さかふねいし)」(今ここ!)
- 竹藪の中に横たわる、謎の幾何学模様。それは古の酒造りか、それとも高度な「水」の儀式か?
- 第8回:「須弥山石・石人像」(次回の記事)
- 飛鳥資料館で出会った、実物の迫力。山形の浮彫が美しい「噴水」の正体とは?
- 第9回:「亀形石造物」(シリーズ完結編)
- 土の中から現れた「祈り」の造形。1400年の時を超えて蘇った、愛らしくも神秘的な亀の姿。
酒船石へのアクセス
奈良県高市郡明日香村岡
アクセス・お立ち寄り情報
- 駐車場について:酒船石へ車で行かれる方は、すぐ隣にある「奈良県立万葉文化館」の駐車場を無料で利用することができます。 駐車場から酒船石の入り口までは歩いてすぐ。万葉文化館にはカフェやミュージアムショップもあるので、散策の合間の休憩にもぴったりです。
- 飛鳥資料館への移動:記事の中でご紹介した「動く酒船石(復元)」がある飛鳥資料館へは、ここから車で約5分ほど。ぜひセットで訪れて、1400年前の「水の都」を体感してみてくださいね。
※奈良県立万葉文化館の休館日は、毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日の平日)及び年末年始です。休館日は駐車場を利用できませんので、公式サイトで事前にチェックしてお出かけ下さいね。
最後までお読み頂きありがとうございます。

