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【山の辺の道「奈良道」寄り道ガイド 古墳編②】水面に映る朱色の鳥居と大川池塚古墳

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山の辺の道を石上神宮から奈良まで歩いているみくるです。

前回の記事では、大川池(おおかわいけ)の堤に建つ「6番・元正天皇」の歌碑をご紹介しました。

元正天皇の歌碑を後にし、大川池の堤を歩いていると、誰もが目を奪われる美しい光景に出会います。池の中に島のように突き出た場所があり、そこには鮮やかな朱塗りの「一の鳥居」が建っているのです。

大川池と大川池塚古墳

ここは「大川池塚古墳」であり、同時に水の女神・弁財天を祀る聖域でもありました。

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「大川池塚古墳」と女神が守る「竜王池」の物語

池の中の島は、神が宿る「円墳」だった

山の辺の道「奈良道」を守る会』さんが設置して下さった案内板によると、この古墳は直径4m、高さ1.5mほどの小さな「円墳」なのだそうです。

大川池にある案内板(山の辺の道「奈良道」を守る会設置)

驚くべきは、その成り立ち。この大川池は別名を「竜王池」といい、もともとあった古墳の周りを広げるようにして、農業用の溜池として築造されました。

大川池塚古墳

池の中に島として残された古墳には、小さな社が祀られ、二つの鳥居が建っています。

大川池塚古墳と弁財天社の鳥居

水面に映るその姿はどこか神秘的で、「竜王池」という名にふさわしい、神聖な空気を纏っています。

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二つの鳥居と、水を守る弁財天

入り口の朱色の一の鳥居をくぐり、その先にある二の鳥居へ。

弁財天社の鳥居

その向こうには覆屋(おおいや)に守られた小さな社殿があり、そこには「弁財天」が祀られています。

弁財天社の鳥居と社殿

なぜ池の中に弁財天が?と思われるかもしれませんが、弁財天のルーツはインドの聖なる川の女神。
日本では古くから、田畑を潤す大切な水の守り神として、池や湖のほとりに祀られてきました。

「竜王池」という名の通り、ここは古くから水の神様、そして豊かな実りを守る女神様が見守る、特別な場所だったのですね。

大川池塚古墳と弁財天社の鳥居

以前、私のブログでご紹介した桜井市の「八大龍王弁財天大神 龗神神社」も、池と朱塗りの鳥居が美しいパワースポットでしたが、ここ大川池もまた、同じような神聖で清らかな空気に包まれています。

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石上から山町へ。銅鐸が繋ぐ「祈りの道」

この大川池の周辺が、どれほど古くからの聖地であったかを示す驚きの事実があります。昭和35年、古墳の南東にある竹藪から出土した「山町銅鐸」(弥生時代・2〜3世紀)の存在です。

実はこの銅鐸、私が以前ご紹介した石上1号銅鐸」と同類型(流水文銅鐸)のものなのだそうです。

天理の石上で見つかった銅鐸と、ここ奈良市山町の池のほとりで見つかった銅鐸。 同じ時代、同じ文化を持った人々が、この奈良道の南北でそれぞれ大切な祈りを捧げていた……。

そう思うと、今歩いているこの道が、弥生時代から続く「聖なるネットワーク」のように思えてきて、ワクワクが止まりませんでした。

ちなみにこの山町銅鐸、高さは43.7cmあり、現在は奈良国立博物館に所蔵されています。石上の地で感じたあの古代の息吹と、ここ大川池の静寂が、一枚の絵のように重なった瞬間でした。

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池を見守り続ける、昭和二年の自然石灯籠

二の鳥居の前に静かに佇む、趣のある自然石の灯籠が目に留まりました。 刻まれた文字をよく見てみると「昭和二年二月」の銘があります。

弁財天社にある石灯籠

実は大川池は、昭和二年に大規模な改修工事が行われたのだそうです。この灯籠は、その大改修を記念して、あるいは工事の無事を感謝して建てられたものでしょうか。

ゴツゴツとした自然石の風合いは、周囲の木々や池の風景に溶け込み、まるでずっと昔からそこにあったかのような不思議な存在感を放っています。

弥生時代の銅鐸、古墳時代の墳丘、そして昭和の改修。それぞれの時代の「祈りの跡」が、この池の周りには今も大切に残されているのですね。

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正暦寺の清流を受け止める「器」として

この池には、ある素敵な言い伝えがあります。 この大川池は、日本酒発祥の地として知られる「正暦寺(しょうりゃくじ)」方面からの豊富で清らかな水を受け止めるために整備されたのだそうです。

清らかな水は田畑を肥沃にし、人々の暮らしを支えます。
弁財天がこの池に祀られているのは、そんな「水の守り神」への感謝と、五穀豊穣への祈りが込められているからなのでしょう。

奈良市山町にある大川池

大川池のほとり、円照寺へと続く竹藪の入り口にも朱塗りの鳥居が建っています。
お寺なのに鳥居?と驚きますが、これは古くから神様と仏様を共に大切にしてきた『神仏習合』の名残り。
池に祀られた弁財天、そしてこの先に続く『山村御殿』の聖域を、鮮やかな朱色が静かに守っているようです。

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結び:時代が幾重にも重なる「竜王池」を後にして

一見すると、静かな農業用の溜池に見える大川池。 しかし、『山の辺の道「奈良道」を守る会』さんの案内板が教えてくれる歴史を紐解けば、そこには弥生時代の銅鐸の音、古墳時代の王の眠り、そして万葉の女帝が口ずさんだ即興歌が、さざ波のように幾重にも重なり合っていました。

清らかな水を守る弁財天の朱色の鳥居を眺め、昭和の大改修を刻む灯籠に触れる。 そんな贅沢な歴史の積み重なりを一度に味わえるのも、この「奈良道」歩きの醍醐味かもしれません。

さて、案内板の地図に目を向けると、この周辺にはまだまだ多くの古墳が点在しているようです。

大川池の畔に建つ案内板

①の大川池塚古墳に別れを告げ、次に向かうのは②の「五ツ塚古墳」。

「奈良道」守る会さんのサイトで紹介されていて、ずっと気になっていた場所です。この先には、一体どんな古代の姿が待っているのでしょうか。

大川池塚古墳へのアクセス

奈良県奈良市山町

奈良方面から山の辺の道を歩いてくると、円照寺がある竹藪の小径を抜けた先に現れる大川池にある古墳です。

山の辺の道「奈良道」のガイドマップ
山の辺の道奈良道ルート図 – 山の辺の道「奈良道」を守る会

最後までお読み頂きありがとうございます。

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