里中満智子さんの『天上の虹』が好きなみくるです。
前回は、藤原鎌足公を祀る「談山神社(たんざんじんじゃ)」に眠る、鏡王女と定慧の愛の物語についてお話ししました。
今回は、そんな深い愛の歴史が刻まれた境内で出会った、瑞々しい新緑の見どころをたっぷりとご紹介します。
日本の歴史を大きく変えた「大化の改新」の密談が行われたというこの場所は、今、息を呑むほどに美しい青もみじに包まれています。
空を覆い尽くす「新緑のトンネル」を抜け、世界で唯一現存する貴重な十三重塔や、一幅の絵画のような拝殿からの窓景など、初夏の爽やかな風と共に、私と一緒に歩いているような気分で楽しんでいただけたら嬉しいです。
歴史が動いた地で出会う、青もみじの絶景と祈りの造形
始まりは「新緑のトンネル」から
奈良県桜井市に鎮座する「談山神社(たんざんじんじゃ)」は、藤原氏の祖・藤原鎌足公を御祭神としています。

社名の由来は、かつてこの山の裏山で、鎌足と中大兄皇子(後の天智天皇)が、蘇我入鹿討伐の「密談」を交わしたこと。「談山(かたらいやま)」という名が、そのまま神社の名になりました。

拝観受付を通り、まず出迎えてくれたのは、瑞々しい青もみじに包まれた鮮やかな朱色の鳥居です。

この鳥居は、境内の入り口に立つ「二の鳥居」。 ここから見上げる石段は、重なり合う葉が光を透かして、まるで「新緑のトンネル」のような美しさです。

実は、この場所から約5.5kmも離れた桜井の街の中に、談山神社の始まりを告げる「一の鳥居」があるのをご存知でしょうか。

かつての参拝者たちは、その巨大な石の一の鳥居をくぐり、一町(約109m)ごとに置かれた町石を数えながら、この多武峰の聖域を目指したそうです。そんな長い道のりの果てに、この鮮やかな二の鳥居が見えたとき、昔の人々はどれほど心躍らせたことでしょう。
街の中に佇む荘厳な「一の鳥居」については、こちらの記事で詳しくレポートしています。あわせて読むと、談山神社への旅がより深いものになりますよ。
談山神社の境内を歩く
山の斜面に沿って、多くの重要文化財が点在する談山神社。 初めて訪れると、その広さと見どころの多さに驚くかもしれません。

拝観受付でいただいた御由緒書きを片手に、新緑のシャワーを浴びながらゆっくりと巡ってみました。

今回は、私が特に心を動かされたスポットを順番にご紹介していきますね。

朱色と緑のコントラスト「神廟拝所と十三重塔」
石段を登りきると現れるのが、藤原鎌足公が眠る神廟拝所と、世界唯一の木造十三重塔です。

父を想う祈りの空間「神廟拝所」
十三重塔の正面に堂々と佇むのが、重要文化財の神廟拝所(しんびょうはいしょ)です。

ここはもともと、鎌足公の長男・定慧(じょうえ)和尚が、父の供養のために創建した「妙楽寺」の講堂でした。当時の「塔の正面に仏堂を建てる」という独特の伽藍(がらん)配置が、今もこうして受け継がれています。
現在の建物は江戸時代の寛文8年(1668年)に再建されたものですが、そのルーツは白鳳8年(679年)まで遡ります。

一見、落ち着いた外観の拝所ですが、その内部には息を呑むような世界が広がっています。 壁面には、色鮮やかな羅漢(らかん)と天女の像が描かれており、かつてここが仏教寺院であった名残を今に伝えています。
新緑の光が差し込む中で、静かに描かれた天女たちを眺めていると、定慧が父・鎌足公に捧げた祈りの深さが、何百年という時を超えて伝わってくるようです。
世界で唯一の至宝「木造十三重塔」
談山神社のシンボルともいえるのが、重要文化財の十三重塔です。

この塔は、鎌足公の長男・定慧和尚が、父の供養のために白鳳7年(678年)に建立したのが始まりです。現在の塔は室町時代の享禄5年(1532年)に再建されたものですが、その歴史の深さは圧倒的です。
何より驚くべきは、木造の十三重塔として現存しているのは、世界中でこの談山神社の塔ただ一つだということ。
屋根が幾重にも重なるその姿は、まるで天に向かって伸びる祈りの形のよう。

5月の爽やかな青空と、周囲を埋め尽くす瑞々しい青もみじ。その中に、歴史を刻んだ朱色の塔がすっと立つ姿は、言葉を失うほどの美しさでした。
父・鎌足公を想い、この稀有な塔を建てた定慧の真心は、今も「世界でここだけ」の景色として私たちを優しく迎えてくれています。
歴史が動いた「蹴鞠の庭」
神廟拝所の前は「蹴鞠の庭(けまりのにわ)」と呼ばれる、中大兄皇子と鎌足公が「大化の改新」のきっかけとなる出会いを果たした、まさに歴史の舞台です。

毎年春と秋には、当時の装束で蹴鞠を披露する「蹴鞠祭」が行われます。
新緑に囲まれたこの庭に立つと、飛鳥の昔にタイムスリップしたような不思議な感覚になりますね。今の静かな庭を見つめていると、かつてここで歴史が動いたことが不思議に思えるほど、穏やかな風が吹き抜けていました。
芸道上達の守り神「権殿」
蹴鞠の庭から石段を上った上にある、重要文化財の「権殿(ごんでん)。 もともとは平安時代の天禄元年(970年)、藤原伊尹(これただ)の願いによって「常行堂」として創建された場所です。
室町時代にはここで「延年舞(えんねんまい)」という芸能が盛んに行われ、現在のお堂もその室町後期の姿を今に伝えています。

この権殿は、約500年という長い歳月を経て大修理が行われ、平成の世に見事に再生しました。
室町時代から能や舞が演じられてきたこの場所は、今では古典芸能から現代の音楽、さらには文学や漫才まで、あらゆる表現に携わる人たちの守り神として崇敬されています。
まるで城跡!僧兵たちの想いが宿る「石垣」
境内を歩いていて驚くのが、お寺や神社とは思えないほど立派な「石垣」です。一瞬「お城の跡かしら?」と錯覚してしまうほどの重厚感。

これは中世、多武峰(とうのみね)の僧兵たちが、強大な勢力を持っていた興福寺から自分たちの聖地を守るために築いたものだそう。
その後の戦国時代にも幾度となく、大名たちによる大和の闘争の舞台にもなっています。

戦国時代のようなものものしさで、城跡のようだと思ったのはまさしくでした。裏に山を従え広大な敷地を誇る談山神社。僧侶が戦う時代を経ての今なのですね。
拝殿で出会う、自分だけの「新緑の窓」
談山神社で一番の癒やしスポットといえば、拝殿の廻縁(まわりえん)。

趣のある釣灯籠の隙間から見える新緑、そして柱が額縁のように景色を切り取る「新緑の窓」。

ここから望む本殿の美しさは、まさに一幅の絵画。心ゆくまで深呼吸したくなる絶景です。
豪華絢爛な「本殿」に宿る飛鳥の聖霊
談山神社の中心であり、御祭神・藤原鎌足公が鎮まるのが、重要文化財の本殿です。
その歴史は古く、大宝元年(701年)の創建。かつては「聖霊院(しょうりょういん)」や「多武峯(とうのみね)社」とも呼ばれていました。 現在の建物は江戸時代の嘉永3年(1850年)に造替えられたもので、「三間社隅木入春日造(さんげんしゃすみきいりかすがづくり)」という非常に格式高い造りになっています。
一番の魅力は、なんといってもその美しさ。

「豪華絢爛」という言葉がふさわしい朱塗りの極彩色。一見すると華やかですが、拝殿から眺めると、周囲の深い新緑と調和して、不思議と心落ち着く神々しさが漂っています。
新緑に包まれる「恋神社」と自ら選んだ愛の形
新緑が美しい「恋の路」を抜けた先にあるのが、鏡王女(かがみのひめみこ)を祀る「恋神社(東殿)」です。
かつては「若宮」とも称されたこのお社。実は、元和5年(1619年)に造替えられた当時の談山神社本殿を、寛文8年(1668年)に移築したものなのだそうです。かつての本殿そのものであるという歴史の重みが、建物の佇まいからも伝わってきます。

御祭神として、鎌足公の妻・鏡王女(かがみのひめみこ)、長男の定慧(じょうえ)和尚、そして次男の藤原不比等(ふひと)が共に祀られています。
ここは、鏡王女が激動の時代の中で「自らの意志で鎌足を愛し抜く道」を選んだことから、真実の縁を結ぶ神様として、今も厚い信仰を集めています。
『天上の虹』ファンとしても外せないこの場所。彼女が万葉歌に込めた想いや、息子・定慧との絆については、前回の記事で詳しく綴っています。公式な歴史と、そこに流れる愛の物語をあわせて知ると、この新緑がよりいっそう輝いて見えます。
悠久の時が流れる霊地「龗神社(龍神社)」と磐座
境内の奥、さらに静寂に包まれた場所に、談山神社屈指のパワースポットである「龗神社(おかみじんじゃ・通称:龍神社)」があります。

ここは、龍ヶ谷と呼ばれる古代からの聖域。 大きな「磐座(いわくら)」とそこを流れる瀧は、古神道の信仰の姿を今に伝える貴重な霊地です。

この瀧は、大和川の源流の一つ。
神山より千古の昔から絶えることなく湧き続けているというその水は、驚くほど清らか。 古代の人々は、この神聖な岩に天上から神様を迎え、祈りを捧げたといいます。ひんやりとした水の音に耳を澄ませていると、その場の空気が凛と張り詰めているのが感じられ、心が洗われるような心地よさに包まれました。

磐座の上にちょこんと鎮座する小さなお社。

飛鳥時代、大陸から伝わった龍神信仰と、日本の水の神様(高龗神/たかおかみのかみ)が習合し、「龍神社」として親しまれるようになったそうです。
歴史ある朱塗りの建築物も素晴らしいですが、こうした自然そのものを神様として敬う古代信仰の姿に触れられるのも、談山神社の深い魅力の一つ。 新緑に囲まれたこの場所で、悠久の時の流れと、尽きることのない自然の生命力をぜひ肌で感じてみてくださいね。
旅の証にいただいた二つの御朱印
今回の参拝では、二種類の御朱印を拝受しました。
御祭神・藤原鎌足像の御朱印

談山明神の御朱印

どちらも、あの眩しい新緑を思い出させてくれる、大切な宝物になりました。
結び:新緑に包まれて
5月の談山神社は、どこを切り取っても「生きている緑」のエネルギーに満ちていました。 歴史の深さと、自然の癒やし。その両方が共鳴し合うこの場所は、訪れるたびに新しい発見をくれる、私にとってかけがえのない聖地です。
さて、緑の美しさにたっぷり癒やされた私ですが、実はこの後、さらなる「歴史の現場」を目指して足を延ばしました。
次回の「みくるの森」では…… ついに談山の山頂へ!鎌足と中大兄皇子が「密談」を交わしたという伝説の場所、「談い山(かたらいやま)」への登山レポートをお届けします。どうぞお楽しみに!
談山神社のアクセスと拝観案内
談山神社へのアクセス
奈良県桜井市多武峰319
最寄り駅は近鉄・JR桜井駅です。
- 桜井駅からバス(1時間に1本)で約25分。終点下車から徒歩で約3分。
- 桜井駅からタクシーで約15分。
社務所は、西入山受付の側にあります。

「神幸橋」の横に設置されている談山神社の境内案内図です。
西入山受付と社務所はこちら側にあり、二の鳥居から続く長い石段を上らずに入山でいます。

広い無料駐車場があります。


令和5年4月1日(土)より、第5駐車場が有料(通常500円)となりました。
社務所前に無料の優先駐車場があります。

談山神社の拝観案内
拝観時間
受付時間:8:30~16:00(最終受付) 最終拝観:16時半まで
※御破裂山 三天稲荷神社の登拝は「15時まで(16時閉山)」です。
拝観料
大人:600円
小人:300円
※団体割引や割引プランあり。
詳しくは、談山神社の公式サイトよりご確認ください。
➡拝観案内|談山神社【公式】大和多武峰鎮座
最後までお読み頂きありがとうございます。


