山の辺の道を天理から奈良へと歩を進めているみくるです。
前回の記事では、今市町から山町へと続く「奈良道」を歩き、かつての宿場町の面影や、歴史の分岐点を指し示す古い道標の物語を紐解きました。
さて、今回ご紹介するのは、再び「円照寺(山村御殿)」を目指して緩やかな坂道を登っていた時のこと。不意に視界に飛び込んできた、鮮やかな「赤い鳥居」の物語です。
こんもりとした丘に鳥居が並ぶその姿に惹かれ、導かれるように足を踏み入れると、そこには私がこれまで知らなかった、驚くべき歴史が眠っていました。
最新式の武具を纏った古代の王が眠る、この地域最大の前方後円墳「ベンショ塚古墳」。
一見すると静かな稲荷社でありながら、実は日本の古代史・軍事史においても極めて重要な意味を持つという、この古墳の知られざる正体と、墳頂から眺めた1500年前と変わらぬ大和の景色をご紹介します。
地域最大の前方後円墳「ベンショ塚古墳」
坂道の途中で出会った「赤い鳥居」と案内板
「円照寺(えんしょうじ)」へと続く参道を歩いていると、左手にこんもりとした小高い丘が見えてきます。そこには、緑の木々に映える鮮やかな赤い鳥居が並んでいました。

「何だろう?」と吸い寄せられるように近寄ってみると、そこには山の辺の道「奈良道」を守る会(外部サイト)さんが設置してくださった案内板が。

読んでみると、ここがただの丘ではなく、非常に重要な古墳であることが分かりました。
ベンショ塚古墳 案内板より(要約)
- 築造年代:古墳時代中期(5世紀前半)
- 規模:全長70メートル(周濠を含めると100メートル)
- 埋葬施設:後円部に粘土槨三基
- 特徴:盾形の周濠を有し、この地域で最大規模の古墳。
- 副葬品:甲冑、装身具、武器、馬具など
驚いたのは、その副葬品の豪華さです。頂上には家や盾、鶏をかたどった埴輪が並び、木棺の中からは甲冑、装身具、武器、馬具などが見つかったといいます。
最新式の「鉄の鎧」を纏ったワニ氏の影
このベンショ塚古墳、実は学術的にも非常に注目度の高い古墳でした。

奈良市のホームページによると、出土した鉄製甲冑は「革綴(かわとじ)」から「鋲留(びょうどめ)」へと変わる過渡期のものだそうです。

当時の最新技術が、この地の首長に真っ先に届けられていたことが伺えます。
奈良市発行の調査報告書などを紐解くと、この地(帯解地域)の首長墳としては最古級にあたり、古代氏族であるワニ氏(和珥氏)、あるいはその系統の大宅氏の始祖的な人物が被葬者ではないかと指摘されています。
2.5kmほど先にある「美濃庄遺跡」では、地方首長クラスの居館跡も見つかっているとのこと。最新の武具を纏い、馬にまたがってこの地を治めていた王の姿が、鮮やかに浮かび上がってきます。
墳頂へ:稲荷社が守り抜いた1500年の眠り
赤い鳥居が並ぶ階段を一段ずつ上り、後円部の墳頂へと向かいました。

頂上には稲荷社が祀られており、誰かが設置してくれたベンチも置かれていました。

現在は少し草が茂り、決して「完璧に整備された観光地」ではありませんが、その静けさがかえって心地よく感じられます。

一見すると円墳のようにも見えますが、これは前方部が掘削されてしまったため。それでも、航空写真で見れば美しい「盾形」の周濠の跡を見て取れました。

以前訪れた「大川池塚古墳」もそうでしたが、古墳に神社が祀られている光景には、少し複雑な気持ちも抱きます。

しかし、こうして信仰の対象となったからこそ、1500年もの間、この丘が壊されることなく「王の眠る場所」として守り抜かれたのかもしれない。

そう思うと、赤い鳥居が古墳を守るシェルターのようにも見えてきました。
墳頂からの眺めと、王の視線
草をかき分け、墳頂から辺りを見渡してみます。 かつては、ここからは大和盆地が一望できたはずです。

最新の鎧を身につけたワニ氏の王も、この場所から自分の領地と民の暮らしを見守っていたのでしょうか。時を超えて同じ景色を眺めているような、不思議な一体感に包まれました。
まとめ:歴史の「過渡期」を歩く旅
知らずに通り過ぎてしまいそうな坂道の途中に、これほど重要な歴史が眠っている。それこそが、山の辺の道「奈良道」を歩く醍醐味だと改めて実感しました。
有名ではないけれど、実はすごい場所。そんな「隠れた名所」に出会えるからこそ、自分の足で一歩ずつ進む旅はやめられません。
ベンショ塚古墳を後にした私は、ふたたび「奈良道」のルートへと戻ります。
ここからは、県道側から真っ直ぐに続く「円照寺」の長い表参道を歩みます。以前、天理方面から竹林を抜けて訪れた時とはまた違う、凛とした静寂に包まれた厳かな道です。
山の辺の道は、この表参道の途中から北(左側)へと分岐し、悲劇の皇子が眠る聖域「崇道天皇八嶋陵」へと続いていきます。
次にご紹介するのは、その分岐した道の途中で出会った、優しく旅人を見守る「向山地蔵(むかいやまじぞう)」。
大和の歴史が織りなす「奈良道」の旅は、いよいよその核心へと迫ります。 古道が語り継ぐ物語は、まだまだ続きます。
ベンショ塚古墳へのアクセス
奈良県奈良市山町
最後までお読み頂きありがとうございます。

